柴犬主任の可愛い人
もう、スルーするのも手だと思い、残ってた食事を優先させることにした。最後の一口にと決めてた大根が喉を通過し、お茶を一口飲んでご馳走さまでしたと手を合わせる。
「――こんなに笑ったのは久しぶりです。神田さん」
「健康にもいいらしいですよ。良かったですね」
口を開くのは、私が食べ終わるのを待ってたんだろう。命じたつもりはないけど空気を読んだ主任のその“待て”は、ご馳走さまと同時に横目で見ずとも、隣から嫌というほど気迫が伝わってきてて、大根一口をわざとゆっくり食べてやったくらいだ。
「こんなに楽しいので、ここは暫く秘密の場所にしましょう。神田さん」
「は……」
「誰かを招いてしまうと、神田さんのこんな面白い一面を楽しめなくなるかもしれないし、それは嫌なんですよね。泣いてしまえる場所を奪ってしまうのも、大変心苦しいのですよ」
「後半は大義名分っぽいです。主任」
「バレましたか。僕がだらだら出来なくなるかもしれないから秘密にしましょう」
「……」
いかがですかと問われても……。袖の下が欲しいなら交渉しますよと、主任は干し芋を見つめながらまた笑い出した。
私が黙ってしまったからか、女将さんがとても困っていて、なんかもう、駄目な弟をもつ姉のようで。普段からこうやって苦労してるのかな。
「本当にごめんなさいね。柴くんが」
「いいえ。気にしてません。――主任って、職場とプライベートでは雰囲気違いますね」
まあ、誰だってそうなんだろうけど。
とりあえず、この御三方がとても仲が良いのは充分分かった。地元じゃないらしいし、近くに住みすぎかとも思ったけど、こんなお付き合いならちょっと羨ましいなと感じた。
近いうちに友達に泊まりに来てもらおうかな。彼と別れてから、深い話になるようなことは避けて家には誰も呼ばなかった。
「馬鹿でしょう? 会社ではちゃんとしているのかしら」
「頼りにされています」
「まあっ、……天変地異だわ……」