柴犬主任の可愛い人
私が女将さんと話す隣で、主任はまた店長さんに怒られてた。相も変わらずしょげる素振りは微塵もなかったけど。
「お前……そんな恥ずかしいことばっかよく言えるな。俺は随分前から鳥肌だったぞ。今後一切、この店で、いや俺の目の前で女をたらし込むな。見るに耐えんっ」
「たらし込むなんて酷いっ。亮ちゃんが言葉足らずで、僕は普通に会話してるだけだよ」
「……シバケン。お前はいつも部下にそんな感じでいるのかよ。どうかと思うぞ……すまないな」
最後の謝罪は私に向けてのものだった。店長さんやっと慣れてくれたか、私に。でも今日は今日、なんだろうな。捨て犬の心を開くのはこんな感じかも――って店長さんも犬キャラですか。けど、主任にいつまでも付き合うその根性や優しさは素晴らしい。もしや、理想の兄はこの人?
「気にしてませんから。私も失礼してしまっているので……上司なのに。なんだか、言われたことに対してなら、こんなでもいいかと思ってしまって、口が滑らかに動きすぎてしまいました」
「あっ、そういう感じでこれからもいいですからね」
「……最低限の礼儀は欠かないように注意はします」
「堅いっ!! 堅いよ神田さん」
理想の兄とはまだ会話が続かない。主任が間に入ってくると、店長さんは奥に消えてしまった。どうやら、このあとに予約が入っていてその準備らしい。
時計を見上げると、二時間が経過してた。その間、他のお客はいなかったものの、常連で友達の主任はともかく長居しすぎたなと我に返った。お詫びに伺っただけなのに。
……、
つまりは、私だって楽しかったんだろう。
それに、実は誕生日だった今日。なんとなく、いつもと違うことに足を踏み入れるのも一興だと思ったんだ。
「仕方がないから、主任のお願いを叶えてあげます」
なんとなく上位な物言いになってしまった。どうにも、プライベート主任の性格に引きずられると対抗してしまう。
よろしくお願いしますと握手を求められたけど微笑みだけで返すと、その調子ですと満足そうだった。
こうして、何故か主任と飲み友達の関係が発生することとなる。