柴犬主任の可愛い人
 
 
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ゴールデンウィークが明けました。


連休明け始業前の社内は、皆どことなく、いつもよりゆったりとした稼働だ。それも、あと一時間もすれば溜まった用件に翻弄されるんだろう。世界の全てが休んでたわけじゃあないんだから。


宜しければ食べて下さいと、紙袋を揺らしながら皆さんのデスクを粛々と行脚する。先週、実家から送られてきた荷物の大半だった干し芋を配るために。送られてきた段ボールの中は、お米二割、野菜一割、干し芋七割だった。確かに食べたいとは言ったけど七割って……芋は太る。おかげで私のボディの至るところはプニプニだ。


「神田んちが作ってんの?」


「えっ、そうなの!? わたしこれお取り寄せしたことあるよ~。神田さんに頼めば良かった」


隣のデスクの同期、広瀬勇気が訊ねてきた。隣に問いかけるボリュームじゃない広瀬の声は周りを巻き込んで、私は一躍人気干し芋店の家の娘と位置づけられる。


「……阿呆ですか、広瀬は。私の実家、サラリーマンの兼業農家なの知ってるよね」


「えっ、脱サラ?」


「なわけあるか」


広瀬とは研修時から気が合い、配属先も同じだったものだから、よく呑みに行ったりしてた。最近は広瀬に彼女が出来て、その回数も減り助かっている。


「違いますよー。実家近所のお店ので、昔から大好物なんです。去年ネットのお取り寄せ一位になってから、母と兄が我が物顔で宣伝部長のように配り歩いてます。意味わからない……美味しいけど浪費しすぎ」


そうなんだと皆が納得して笑う中、少し離れた席に座る主任が飲んでいたお茶を吹き出した……私はそれに気付かないふりをする。


先日の伊呂波での一連のあれこれを一切態度に出さず、職場の顔で朝の挨拶を私と交わした主任は、しかし干し芋を受け取った途端に頬を痙攣させた。社内仕様の穏やかな主任を必死に保とうとしてるのか。今は。


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