柴犬主任の可愛い人

 

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その後、会社近くのお店にて十九時きっかりに始まった榊夫妻のお祝いの会はつつがなく終了。楓さんたちを店の外までちゃんとお見送りをしてから解散となった。
精算を済ませて席に鞄を取りに戻ると、違う店に移動して呑むつもりらしい残っていた数人がこのあとの相談をしていて、私もお誘いを受ける。


「神田さんも行く~?」


「すみません。私、今日は失礼させてもらいます。また今度よろしくお願いします」


「んじゃまた来週」


先輩後輩男女混じって楽しそうではあったけど、今日は遠慮しても問題ないと踏んでお断りの返事をした。
社内の人間関係は良好で、むしろ仲はいいほうだ。潤滑油としての飲み会は嫌いじゃない。けど、今日はそんな気分にはなれなかったから。


「お疲れさまでした」


ふいに襲ってくる憂鬱は、今日だけはせめて、ちらつかないでほしかったな。


曇りない気持ちで最後までお祝いしたかった。なのに漏れたため息は、私のダークサイドを簡単に表に引っ張り出す……。


まだ二十二時前だというのに静かな店内は、今日は私たちだけの貸し切りだった。
最後に立ち寄った御手洗いの鏡に写った自分の顔は、最近は特にお化粧に時間をかけてた目の下の隈が、ダークサイド共々表面化してきてしまっていて。


「……」


……駄目だな。未練がましい。


いや。未練は、もうとっくにない。


最低だと落ち込んでしまうだけで。




別に、楓さんを祝福してないわけでも、私が榊さんを好きだったわけでもない。
けど少し、幸せだと、曇りなく佇む二人が羨ましかった。


もうすぐ自分もそんなふうになっているはずだったと、私は今日の幸せな光景を羨んだのだ。




五月のオフィス街に生温く攻撃的な風が一度吹き、二ヶ月前とは肌にあたる感触が全く違う。
仰ぎ見た空は、二ヶ月前と変わらず星も見えない都会のそれだった。おうちデートが習慣化してたのに待ち合わせなんて、新鮮だと思ってたっけ。


視界が少しだけ滲んで見えるのは、あのときと同じ。


全てを振り払うように、駅へと早歩きをした。


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