柴犬主任の可愛い人
 
 
そういえば、先程から働いているのは亮さんだけ。私と入れ違いで、柴主任は真綾ちゃんの元へ。その前は飲み物、主にビールの冷えを確認してただけだった。


「亮さんは主任に甘々ですね」


ダッチオーブンを手に取る亮さんに溜め息混じりに告げる。


「そうなんだけどなあ。シバケンが横でうろちょろするよりは邪魔がなくていい」


「邪魔……」


「そう。あいつこういうの下手なんだよ」


「小豆は炊けるのにですか?」


そう。初めて伊呂波で柴主任と会った際にお裾分けしてもらったもちもちクレープの中身のあんこは、前日主任が自宅にて仕込んだものだと後々知った。独身男の素人手作りあんこなんて、なかなか遭遇出来ることじゃない。


「真綾が、シバケンに作ってと言ったらしい。テレビで観たんだそうだ」


溺愛、猫っ可愛がりとはこのことだ。せめて柴主任が捕まらないことを祈る。そんな性癖はなさげだけど、そんなことはないだろうけど、世間の善意の通報によって、なんてこともあるかもしれない。ある日出社するはずの主任がいつまで経っても連絡つかないなんて恐ろしすぎる。


「猫の手以下かもしれませんがお手伝いします」


自信など微塵もない。日常の料理もあんまりなのに、この前の職場メンバーのバーベキューが初めてだったし。けどここは伊呂波じゃないんだし任せっきりっていうのも……焼くだけならいけるよね。


「神田さーん」


川縁では柴主任と華さんが手を振りおいでとしてくる。


「青葉ちゃんも遊んできていいぞ」


「でっ、でも……」


「いい肉仕入れてくれたから、今日の任務は終わったんだな」


「適材適所、なんですよ。神田さん」


「はっ、主任いつの間にっ!?」


音もなく忍び寄って来ていらっしゃった柴主任にパーカーのフードを引っ張られ、亮さんと食材とバーベキュー道具から遠ざけられてしまう。そして気持ちがいいからと川に足を入れられそうになり、私は慌ててスニーカーと靴下を脱いだのだった。


< 37 / 149 >

この作品をシェア

pagetop