柴犬主任の可愛い人
「そういうのに耐えられるように、一息つけて楽しめる場所を、ひとつでも多く作っておいていいと思います」
「……いいんですかね」
「しつこいです」
「だって……」
亮さんや華さんに同じことを問うたら叱られますよと脅される。あの二人に膝を詰められるのは地獄だと怯える柴主任は、過去に何をやらかしたのか。
川遊びから引き上げてきた亮さんたちが戻ってくる。肩車とかなんだあれ。仲良し親子の光景に頬が緩むと、いいのかなと気持ちも同調する。
「食に貪欲で、美味しいものの誘惑に弱いところが笑えます。平気で失礼なことを言ってくるけど何故かこちらは腹が立たないですし、限界越えると顔中べとべとになるくらい色気もなく泣くけど立ち直り早くて助かりますし、漫画を大人買いしていた時の達成感溢れる顔は秀逸でした。威勢がいいですよね、神田さんは」
「てか柴主任も相当失礼……べっ、別に、私だって腹は立ってないですけど」
お互いにいい大人だ。本気の蔑みや侮蔑、嘲笑じゃないと理解しながらのことなんだろう。柴主任の爆笑には、そういう類いのものは今まで感じなかったから、放っておいても構わなかったんだ。
「でしょう? だから、とても愉快にいられるので、いいんですよ。そういう友人が新たに出来ただけのことです」
「そ、そう、かな……?」
でもそれで上手く回ってるのは、人間的相性は悪くないんだろうな。だから楽しいんだ。踏み込まないポイントをお互い絶妙なラインで守れてる? 事前相談などなくても、職場では以前と変わらないままなのもいい感じだ。
「細かいこと気にしなくても大丈夫ですよ」
懐柔されてる気もしないではないけど。
「それに、部下との秘密の関係――背徳的な響きにドキドキしますよねえ」
「勝手にいかがわしい関係にしないで下さい……」
最後のひとことは余計だ。柴主任のそんなエム的要素には協力したくないけど。
ああ、これはこれで良好な関係で、構築していってもいいのだと、誘惑に弱い私は流され、心のどこかは開き直った。