柴犬主任の可愛い人
抗えない誘惑がまたひとつ。
「あおばちゃんっ」
亮さんの肩車から降りた真綾ちゃんが私にダイブしてくる。
「あおばちゃん、あったか~い」
「ああっ、真綾ちゃんっ!!」
可愛いっ。なんなんだこのいきなりスピードを増した懐き具合は。川遊びで冷えた幼い身体は、本能で温もりを求めたんだね真綾ちゃん。その唇を桃色に戻すべく尽力を尽くす。あおばちゃんやわらか~いと胸にすり寄ってきて、それは贅肉だよ、スレンダーな華さんには付いてない代物だからねと心で涙しながら、そのまま微睡み始めた小さな身体を包み込んだ。
可愛い可愛いと、ひとしきり感動する。
「柴主任。私、この誘惑にも抗えません」
「……当然です」
真綾ちゃんラブな柴主任がやきもちを隠さず焼いていらっしゃる。ごうごうもうもうと音がするくらいだ。
撤収の号令がかかり、真綾ちゃんを抱えたままゆっくり立ち上がると、これはやっぱり腰にくるよね。甥っ子の時を思い出す。交代するからと差し出された亮さんに、けれどこのままでいいと申し出た。
「亮さんはテントの片付けとかありますよね。そっちは力になれないと思うので」
「そうか。すまない。疲れたら華に頼んでくれな」
「そうよ。助かるけど無理はしないでね。眠る幼児なんて漬物石より重いから」
「はい」
「おいシバケン。青葉ちゃんのパーカー、忘れないうちに持ってきてやれよ」
おっとすっかり忘れてた。やきもちを焼いたままの仏頂面の柴主任は、直ぐ様回収に向かってくれ、すっかり乾いたパーカーのフード部分を私の頭に被せていった。
そうしてそのやきもち症状は、短い距離の往復間で、方向がねじ曲がってしまっていた。
「ありがとうございます。柴主任」
「いいえ。青葉さん」
「っ、はぁっ!?」
いきなり、私のことを神田さんから青葉さんに呼び方が変わった!! なんでっ!?
「僕のこともシバケンなりなんなり、呼んでくれて構いませんよ」
「いやいや……それは……いきなりどうして」
大の大人の男が拗らせると、女よりも厄介かもしれない……。