柴犬主任の可愛い人
 
 
「どうも。悪魔をはびこらせている柴です」


柴主任は社内仕様の笑みを崩すことなく、給湯室に左半身だけを見せていた。もう一度言う。穏やかな笑みは、決して絶やされることなく……。


「しっ、柴主任……」


「神田さんが遅いから迎えに来ました。あのバスボムは駄目ですね。普通に持っているだけで崩れるから縁起に悪いです。しかも色が移りやすい」


ほら、と言われた先を見ると、柴主任のワイシャツの袖がピンクに染まっていた。


「そ、そうですか」


「なのでお湯の必要性はなくなったのを知らせに。ついでに手を洗いたかったのですが――、やはりトイレのほうが良かったみたいですね」


私がお湯を取りに来たのは、最近自社製品を開発している企画から回ってきたサンプル品を試すためだった。ピンクのバスボムは、式や二次会の最後に渡すプチギフト用のもので、バスボムの中にはハートのツボ押しが入っている。ツボ押しには個別のメッセージを入れることも可能らしい。メッセージをにぎにぎとし続けるのは、双方果たしてどうなのかと企画の友達に言ってみたことがあるけど、私の感想はただの感想となったようだ。


ちょっと企画に行ってきますと言付けを頼まれれば即座に敬礼で返した。始終穏やかだった柴主任は、やっぱりそれを崩すことなく給湯室から離れていく。


「う~ん。なんとなくわかりましたぁ、かな?」


「さようですか」




ご助言感謝しますと、綺麗な髪を揺らしてのお礼と可愛いスマイルで残りのバイトに戻っていった小早川さんは、きっと柴主任のさっきの笑顔で悟ったんだろう。


……いや。決して、ねちねちはしてないしマザコンでも悪魔飼ってもいないんだけどね。すぐいじけるけど。


「神田さん。グッジョブ!!」


とある会の本会員である先輩は、親指立てたあとに珈琲をご馳走してくれたけど、私の暴言のフォローはすっかり忘れ去られていた。


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