柴犬主任の可愛い人
 
 
……ああどうしよう。


双方に謝りに速攻行きたいけど仕事は終わらないし柴主任は帰らないし怒ってるし汐里待たせてるし怒ってるし。堂々巡りの思いを馳せると同時に修整箇所を最終チェック。


「終わったか?」


「うん。……これはね」


「げっ、まだあんの?」


とりあえず、ミスった修整は終わらせた。あとは柴主任から頼まれたもの。


「ふふ、ふふふふふ……広瀬」


「なんだよ」


「こういうときにぴったりのことわざ、あったよね?」


「知らん」


「あるでしょうよ。前を見ても後ろを見ても獣がいて逃げようもない、前方後円墳みたいな感じのやつ」


訳わからないクイズを、小休憩と共に考える。何故か広瀬も真剣に考え出す。


まあどうでもいい。仕事内容切り換えのワンクッションとして浮かんだことわざ探求なんて。共有ファイルを開いてパソコンを睨み付けた。


「――前門の虎後門の狼、ですね。おそらく」


「そうそれっ!!」


打ち込みを始める直前、さっきのことわざの答えが提示され、ナイスと指を差し思いきり振り返った。椅子の回転軸が壊れる勢いで。


「そうですか。では僕は、虎か狼かどちらでしょうね、神田さん」


「そっ、うですね、どちらでしょう……か」


そんな獰猛な動物に例えられたのは初めてで光栄です――広瀬が珍しく閃いたと思った答えは、いつの間にかこっちに来ていた柴主任のものだった。


声、確かに違ったわ……。


「前や後ろ、動物までピースはあるのに正解しないなんて、それはもう才能です。おめでとうございます」


広瀬が何かを感じて静止画のようになっている。こやつは馬鹿なくせに時折聡い。柴主任の、穏やかながら、どこか違う禍々しさをキャッチしたな。てか、その言い回しに棘があります柴主任。プライベートの意地悪が顔を出してるよ。あなたは職場ではもうちょっと優しいキャラです。


「主任~」


「なんでしょう、広瀬くん」


「神田の仕事、残り俺にさせて下さい。でないと失恋するので」


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