柴犬主任の可愛い人
 
 
「汐里~っ」


「とりあえずお疲れさま」


「それ、広瀬には過剰に言ったげて。今日ばかりは感謝」


「いつもは?」


「お馬鹿さん」


こら、と抱きついた先の氷の女王にでこピンされる。広瀬を馬鹿呼ばわりしていいのは自分だけだと。……その愛情表現で成立している汐里と広瀬のお付き合いは、私には理解出来ない部分がまだ多い。まあ、ふたりきりのときの様子など知らないのは当然だけどね。


「お店予約したから、実は青葉が早く来てくれて助かった」


「ありがとう」


汐里が連れてきてくれた先は、会社から十分くらい歩いたところにあるパスタが評判のお店だった。予約が必要だったのは、お店の中の数少ない個室を狙ってのことだった。


ですよね、そうですよね……あのこと話す約束だったもんね。私のこと考えてくれて、たとえここが薄い壁の仕切りだったとしても、少しでも会話の漏れが抑えられるとこ選んでくれたんだよね。……ああ、ちょっと怖い。


とりあえずビールだと、居酒屋っぽく注文を済ませる汐里さんは男前だ。カップルセットという前菜もお肉料理もデザートも付いてくるお得なのを選ぶことにする。


「パスタはペペロンチーノ?」


「うん。オイル系やっぱ好き~」


「じゃあピザは選んじゃうね」


半年以上のブランクがあろうが、そこは一番気の合う親友で。お互いのどうでもいい近況を話しながら、さくさくと淀みなく進むやりとりの気持ちよさとビールに酔いしれ、気付けば食事は全部平らげていた。ローストポーク、とても美味しかったです。




「純弥くん……」


「っ!!」


「食事不味くなるから今まで言わなかっただけだから」


「で、ですよね~っ」


雑談の途切れた隙間にぶっこまれた元彼の名前に肩が大きく上下してしまう。


けど、やっぱり、当初あった胸の痛みは、つきりともならなかった。


「純弥くん……、今の彼女と、もうすぐ結婚するらしいよ」


< 63 / 149 >

この作品をシェア

pagetop