柴犬主任の可愛い人
――……
かくして、向こうに何が起こっているのかわからないものだから、パスタとお酒で楽しくほわほわした気分のまま伊呂波にやって来ると、暖簾は仕舞われていて。普段はカウンターで仲良く三人いるはずの柴主任たちが、何故か個室で膝を付き合わせていた。
「青葉ちゃんっ」
「大丈夫だったか!?」
他にお客がいなかったのもあって、華さんと亮さんがばたばたと私へと走り寄ってきた。その際、通り抜ける柴主任の正座している足を亮さんが踏みつけていったのを目撃する。
「え……っ、どうしたんですか?」
「柴くんが悪さをさしたって!! ……大丈夫? 損害賠償とかさせるから心配しないでっ。むしり取ってやるわ!!」
華さんに抱きしめられ亮さんにあわあわとされながら、それ越しに柴主任に目を合わせてみると、痺れた足を踏まれた衝撃に悶絶していた。
「柴主任、大丈夫ですか?」
少し涙を滲ませる柴主任は、誤解を解いてと一言私に託し、何故か個室の障子を閉めた。そこはまるで天岩戸みたいな。
今日あった私の裏切り行為にぷりぷりと怒った様子もなく、朗らかに伊呂波を訪れた柴主任は、世間話の間にそのことを、『青葉さんに狼って言われちゃった』なんて笑って話したらしい。
「聞き捨てならなくて、亮ちゃんとお説教しちゃったのよねー」
あれか……男は狼よ的なあれと間違われたんだな。
誤解を解く暇も与えてもらえず、柴主任は私に電話したらしい。そんな柴主任はまだ個室から、今日の急騰室みたいに顔を半分だけ出していじけている。
「まさか青葉さんを襲ったとか思われるなんて、予想しませんよ。……他愛ない話題だっただけなのに」
「狼を強請ったのは柴主任ですからね」
カウンターから私たち三人は、そんな柴主任の好物を用意して誘き寄せた。