柴犬主任の可愛い人
こうして、私が入社する前から設立されていた秘密組織の存在は、呆気なく本人の知るところとなった。しがない準会員は、所詮準会員だから、自分のピンチになったら口が滑らかになるんですよ。
知っても沈黙を貫くと約束してもらい、私は会の全容を話してしまった。
「柴主任……元婚約者の方から、ストーカーされてましたよね」
「っ」
「なんだそれ聞いてないぞっ!!」
不穏なキーワードを耳にした亮さんたちも本格的に加わり、話は会設立の瞬間のことから始まる。
――……、柴主任が巻き込まれた横領事件も結末を迎え、犯人と、共犯だった元婚約者が会社を去り、柴主任が本部勤務になった頃、……元婚約者が現れたのだそう。
柴主任は、自宅でも会社でも、休日さえ、元婚約者からつきまとわれていたらしい。絶えず待ち伏せ。
「乗り換えた先は犯罪者。柴主任は本部勤務にもなったし、惜しくなったんじゃない? って先輩は言ってました。ていうか、元から犯罪者ですよね。明るみに出ないならオッケーということでしょうか」
「……縁起が悪いから現場から遠ざけられただけですよ」
どうしてそういう思考に行き着けたのかは想像する価値もないけど、元婚約者は柴主任とよりを戻そうとしたらしい。粘れば元サヤなんて、なんと馬鹿な考えだ。
社内にもそれは周知となり、何故か柴主任は上のお方たちから怒られる始末。
「禿げるんじゃないかってくらい頭を掻きむしってたり、うんうん唸ってたりする姿を目撃して、見ていられなかったとか」
「……恥ずかしいですね。見られていたなんて……」
けど、いつしか元婚約者は現れなくなる。柴主任の表情も、晴れはしないけど元に戻りつつあり、そんな日々が続いて、周囲は事態の収束を理解した。
「先輩方は、ストーカーこそ退治出来なかったけど、こんな善人を放ってはおけない。これからは柴主任にたかる悪い虫候補は事前に排除し、柴主任が少しだけ、この騒動よりは過ごしやすい環境となるよう陰ながら手助けしようって、誓いが交わされたそうです」