柴犬主任の可愛い人
「暗いっ」
「性格が? 確かに私、マイナス思考半端ないとこありますけど」
何故タクシーを伊呂波で降りてしまったのか、恨みます柴主任。楽しかった酔いは、年末の冷たい空気に奪われていく。
「違うっ、帰り道がです。青葉さんの。……しまった。毎度毎度、毎日毎日こんな危険なところ歩いてたなんて……」
別に平気なんだけど。
確かに、この辺りは街灯が少ないとは感じる。かといって交番は途中にあるし、人通りも多い。こんな遅くと比較しないでいただきたい。
面倒になってきて違う話題を振ると、まるで忠犬みたいにかぶりついてくる柴主任は、とても扱いやすくて、チョロい。こういうところが歳上とか上司とか感じさせなくて助かると思うんだけど、職場はもう少し猫かぶってるよね。狼よりはそっちかも。
まあ、上に立つ人に必要なものではあるんだからいっか。
「柴主任は、ご実家帰るんですか?」
「今年はね。青葉さんは、明日からでしたっけ」
「もうすぐ今日になっちゃいますけどね~、そうです。伊呂波にも当分伺えなくなるし寂しいですね。柴主任、亮さんたちに会えないからって泣いちゃ駄目ですよ?」
「泣きません」
「どうだか」
見上げると、むむむとした表情は程なくして緩む。引かれていた鞄はいつの間にか離され、前後じゃなくそういえば隣に並んでるなあ。鼻先が異常に赤いぞ。
もう押し問答は終わってしまったけど、送ってくれなくて良かったのに。柴主任の家は駅を挟んで反対側だから面倒だろうに、そこは譲ってくれずに甘えることとなってしまった。
「どうぞご実家の柴犬ちゃんのふわふわした冬毛にまみれてきて下さい。あれ、たまりませんよね。こないだ友達とペットショップで抱かせてもらいました」
「僕が抱こうとすると咬まれるんですけどね」
「愛情が足りない?」
「過多だからですよ。だから、誰も抱かせてもらえません。父と母が無理矢理するから余計に」
「過多か~」
「過多ですよ。程々にしないと、相手にも迷惑ということです。――、ところで青葉さん」