柴犬主任の可愛い人
 
 
「はい」


「寂しいですか? 青葉さんも」


「そうですねえ」


ふいに訊ねてくる柴主任の顔は本当に寂しそうで、けどそれも一瞬だ。この人は表情のバリエーションが豊かで、数秒間でくるくるとよく変わる。もうにたりと笑う様は、からかってくる気配が満々だった。


「僕と会えなくなるのがそんなに寂しいですか。仕方ないなあ」


「なんでそうなるんですかっ。伊呂波のことですよねっ?」


「即答はいけません。ほらほら、少し考えてみてはどうですか?」


なんと楽しそうなことで面倒だ。逆らうのも億劫で、だから、仕方なしに考えてあげた。


「……――、うわっ!! 少し寂しいかもっ、びっくり」


「っ!!」


そんな返答予想もしてなかったのだろう。“少し”は余計だと文句を言い、柴主任は部下に頼られたことが嬉しかったのか照れ照れとはにかむ始末。


その照れが伝染してくるのを感じる。いやだこれじゃあ、まるでいかがわしい関係みたい。こんなさっぱりしてるのに!!


からかっただけなのに、なんてこと言えない雰囲気になってしまった。実は少し本当な部分もあったなんて、それこそ機密事項だ。


「……」


寂しいなんて言わなきゃよかった。そしたら、伊呂波に通わなくなる当分の間を実感しなくてすんだのに。


寂しさを実感させてきやがった柴主任なんかに、そんな喜ぶなら言ってやらなきゃよかったよ、ああ悔しい。




アパートが見えてきた。


あと数歩でポスト のダイヤルを回せるところまできっちり送ってくれた柴主任に頭を下げる。


「ありがとうございました。反対方向なのに申し訳ありません」


「こっちのほうに、近道が実はあるんですよ。――それじゃあ、気を付けて帰省してくださいね」


そう言って、駅とは反対の方向を指差す。


「気を付けて帰って下さい。良いお年を」


「青葉さんも、良いお年を」


寒空の下帰っていく柴主任を見送ると、早く中に入れと言われてしまう。それでも少しその場に留まってしまったのは、今年最後に会う顔に名残惜しさを少なからず感じ、


来年もよろしくお願いしますと呟いてしまったから。







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