柴犬主任の可愛い人
行く、断る。どうやってもお互いに引くことはない同期二人の攻防戦は、時折広瀬の彼女である汐里の存在を主張することを私は忘れない。だってここは社内なのだ。下手こいて広瀬と付き合ってると断定されて異動などやってられない。
……いい加減、この体質はどうにかならないのかこの会社。変えてくれるらしい人は、まだそこまでの権限はないし。
いそいそと薄手のコートを着込み、こうなったらストーキングしてでも伊呂波の場所を突き止める勢いの広瀬は、いったい何の情熱をもって行動してるのか。どうせ汐里が気に入った料理を食べたいだけだな。馬鹿だな。
広瀬は駄目だ、ダメゼッタイ。どうやって諦めさせようかと算段してたところ、救いの手は差し伸べられた。
「広瀬くん。ちょっと相談があるのですが」
「ええ~……っ、てはいっ!!」
柴主任だった。
柴主任が広瀬を引き留めてくれてるうちに速攻で帰り支度をする。エレベーターに乗り込めば、撒くことなんて簡単だ。
「広瀬のバーカ。私は今日はおうちに真っ直ぐ帰るのだよっ」
くしゃみで体力気力奪われたしね。
「あっ、テメー」
鞄に、昼休みに買った花粉症対策グッズが入っているのを確認。広瀬に舌を出し、柴主任には会釈をして会社を飛び出した。
あれって、助けてくれたのかな。今度お礼しよう。
帰りの電車でうとうとしてたら降車駅を通過してしまいそうになった。慌ててホームに降りて改札を出ると、いつもと変わらない光景が広がる。
いつもの帰路を歩きしばらくすると伊呂波が見えた。けど今日は、家におでんの残りがたくさんあるから直帰。食べたい具材を全部入れてみたら、とんでもない量になってしまった。
なんだか冴えない脳の体操だと、四字熟語を色々思い浮かべながら歩けば、もうそこは自宅アパートで。
「……ぇ?」
そこには、私の自宅アパートの前には、見知った姿が立ち尽くしていた。