柴犬主任の可愛い人
「わかってる!!」
「っ!?」
突然大きな声をだした純弥は、こうも言った。
「ちゃんとわかってたんだ!!」
そうして、
「やっとそれを、認められたんだ」
今付き合ってる、今度結婚をする人のおかげだと、純弥は俯き、声を震わせて何度も何度も、ごめんと謝るだけだった。
「もうすぐ……結婚する」
「……」
「相手のお腹には、子どもも、いる」
「……、知ってる」
「っ」
「汐里づたいに」
「そう、か。そうだよな」
聞いたときは、やっぱり心の何処かに空洞が出来て、しばらく言葉は出てこなかった。ショックというより、文句を言うべきとも感じないし、聞き流すのが最善にしては挙動は僅かにおかしくなる。とるべき態度に迷った、というのが一番近いかもしれない。
当時の気持ちをまだもってれば、自暴自棄くらいにはなったかもしれないけど、月日というのは嫌がおうにも私を癒してくれ、けど、目の前の弱っている純弥を辛辣に突き放せないくらいには、何か感情は残っていた。
でも、別れてしまったんだから。
ただ静観することに務めながら、他にももっと何かを言いたげな純弥の次を待つ。すると突然、純弥は自分を罰するみたいに拳でその太ももを叩きながら、次に左手の薬指の指輪を外す素振りをした。
「ちょっ、何やってるの!!」
机の向こう側の行動を止めさせるため、私は慌てて上半身を乗り出して距離をつめた。
「青葉ぁ……」
「っ」
「俺……本当に、最低なやつだ」
乗り出した上半身。私の手を縋るみたいに握ってくる純弥の両の手。薬指には留まらせた指輪。熱いおでこまで握られた手の甲に擦り付けられて。
助けて、助けてと、懇願されてるみたいだった。