柴犬主任の可愛い人
「ふざけんなっ!!」
お行儀悪く柴主任の腕を捻り上げその中から脱出した私は、その場で仁王立ちして純弥を見下ろす。
「なんで純弥が今傷ついてんのよっ。そんなの私のほうがもっとだった!! なんで他の女の言うこと信じて私を信じてくれなかったの? ちゃんと言ってほしかった。純弥だけが悪いんなんてことないでしょっ!? 私とは話せなくて彼女とは出来たって何っ!? 馬鹿にしてる……っ、付き合ってた六年間はそんなもんだったってこと!? はっ、そりゃ私たち別れるわよ当然の結果じゃないっ!! 自分が悪いから女二人の思うようにって、そんなの償いになるかっ!! ――言っとくけど、私、純弥に今後を求める気ないから。あのときだったら違ってたかもしれないけど、もう過去にしたんだよっ。それだけの時間が過ぎたの」
「あ……青葉……っ」
「純弥が今一緒にいるのは私じゃないでしょっ!! あんたとの子どもを宿してくれて、手放さないって言ってくれて倒れるまで膝突き合わせてくれた人でしょっ。…………、ずるくて何よ。純弥のこと好きで好きで、私から奪うくらい好きで、どうしようもなかった人の、気持ちを、ずっと、そう想ってもらえるように一生努力しなさいよ。なんで……そこまで話し合った人を大切にしていかなきゃってならないのよ。今、その人はどんな気持ちでいると思ってんの? お腹の子どもとどう過ごしてるか想像つく? 言ってくれたことだけが本心だと思ってんなら、本当に馬鹿なやつ……」
はっとした顔を上げた純弥は、彼女のことを思い浮かべたのか無意識に指輪を触っていた。
それが、答えなんじゃないの?
過ぎた時間と過ごす今。選んでるじゃない。
「幸せになってとか、私心狭いから多分一生言えない。でも、別れたのは、純弥だけのせいじゃない。――だから、ちゃんと、今あるものを守っていって。私はちゃんと幸せだから、もう巻き込まないで」
「……………………、ごめん……ごめん、青葉」
腹が立って仕方がなかった。震える身体を保っていられたのは、さ迷っていた純弥への感情を伝えられたのは、私の服の袖口に触れてくれ存在を感じさせてくれていた柴主任の手が、そこに逃げずにいてくれたからだった。