柴犬主任の可愛い人
「支倉から連絡があって」
「華さんから?」
こくんと頷き、そうして柴主任の心臓の早鐘の経緯もわかる。
「電車に乗っているときに電話があったんです。着いたらかけ直そうとしてたけど、ひっきりなしに着信があって……怖かったけど、途中下車して出ましたよ」
「怒られるようなことあったんですか?」
「条件反射って怖い」
「……」
華さんからの電話で、私が元彼と来た、ちょっと心配だから速攻で来いと言われたのだそう。走って走ってダッシュダッシュ。だから心臓が早鐘だったのね。柴主任は最速で伊呂波に到着したというのに、結局は怒られたと不服そうだ。申し訳ない。
柴主任は、私が元彼に襲われるとか、伝言ゲームの迷走の果てみたいなことを聞いてしまったらしい。
冷静に――柴主任は勘違いがあってはいけないと判断し、堂々と――襖に耳をつけて盗み聞きをして、ちょっとヤバい雰囲気だと勢いよく個室に突撃し助太刀をした。手っ取り早くて分かりやすいという理由で私の恋人だと平然と嘘をつき、純弥を威嚇までして。
「盗み聞き……」
「だって仕方がないじゃないですかっ。お邪魔虫になる可能性があったし、青葉さんの貞操は守らなければいけないし」
「上司の範疇を越えてます」
「もう越えてます」
「っ」
「はんぶんこ同盟はそこそこの仲です」
「……」
「支倉が、青葉さんはよりを戻すつもりはないって聞いたようだし、そうなるような、介入をしました」
開き直ったり言い訳したり。柴主任も、まあこんな騒動に巻き込まれる機会はそうないだろうから、対応に困った末のことなんだろう。
「すみません。伊呂波に……連れてきちゃって。大切な人だけに教える約束だったのに」
「約束ではないし、……大切だった、人なら、いいんじゃないですか」
はい。とてもとても、大切でした。なのに……
「……私、純弥に文句しか言えてない……ありがとうとかごめんとか……」
ぼやけた視界に更に靄がかかる。もう、そこにはいないというのに、私は純弥が曲がった角を見つめ続けていた。
ふいに、背中を羽根が掠めていくくらいの感覚で押される。
「後悔があるのなら」
と言い、柴主任は、私を送り出そうとした。