柴犬主任の可愛い人
帰っていく姿を目で追い、言いかけた共有の押し売りを心の頑丈な檻に入れた。
よろしくない……よろしくないぞ。
何やら、よろしくないものが渦巻く。
考えを振り払おうと、両頬を両手で引っ叩いた。すると、柑橘系の爽やかな香りが漂ってくる。第一陣のあとには、ほのかに甘い香り。
奪い取った、柴主任のハンカチから香るものだった。
先月誕生日だった柴主任に、華さんからプレゼントされた香水だ。
私が今着ているコートを買った日、一緒に出掛けた華さんと真綾ちゃんと三人で選んだもので。
ある日、伊呂波で柴主任と亮さんは加齢臭について談義していたらしい。枕がやはりヤバいらしい、そういえば実家の柴犬は祖父の枕や使用済み下着を身体中に擦り付けていたと二人で震え上がる様子はとても面白かったという。私はそのとき居なかった。
華さん談によると、まだ二人共それはないらしい。渡した日は私も一緒に祝ったっけ。
「……!!」
伊呂波で今日実感してしまった柴主任の胸あたりの香りを思い出して我に返る。セクハラみたいでダメだダメっ。
その香りが、奪い取ったハンカチからも感じられた。慌ててハンカチを鞄に仕舞い春の空気を吸い込むと、くしゃみが止まらなくなってしまった。
一日ずっとどうかしてた頭ながらも、なけなしの警鐘が鳴る。
よろしくない。
ヤバいぞヤバいぞ。
これは、あれだ。花粉症ショックだ。ぐずぐずの私の内部をメンテナンスするため、部屋に戻って即お風呂に入り、シャワーを水で浴びたりしてみた。
効果はあった。心身共にすっきりして気持ちいい!
健やかな精神と肉体を取り戻した私は、明日の準備もそこそこに、帰宅一時間も経たない間に深い眠りにつく。
今日あった色々なことを、ちゃんと完結出来ますようにと願いながら。
・