柴犬主任の可愛い人
今日は貸切りにしようと暖簾を仕舞おうとする華さんを引き止め、三十分ほど経ち他のお客が来店したところで、真綾ちゃんは静かに涙しながら華さんに家へと送っていかれてしまった。その手には切り分けたケーキを乗せたお皿を大切に持って。真綾ちゃんが選んでくれた苺のショートケーキは、練乳も使ってあって彼女のお気に入りなんだそうだ。
「青葉さんはピアスしてたんですね」
鶏皮ポン酢を取り分けてくれた柴主任が、初耳ですとか、耳に穴を開けるなんてとか言って震えている。親からもらった大事な身体に、みたいなことかと思ったら、穴を開ける行為にただただ戦慄しているだけだった。
「毎日してましたけど。職場でも」
「えぇっ!?」
「さすがに揺れるのはしてなかったですけどね。付けてないと、塞がっちゃうんで」
そうして、しばらく付けてないときの薄皮を貫く瞬間の感覚を丁寧に教えてあげていたら、突然口の中にししゃもを突っ込まれた。想像力豊かな柴主任には、相当背筋が凍ることだったみたいだ。
面白かったけど、ここらへんにしておいてあげる。
カルシウムたっぷりだろうししゃもを咀嚼し終えると……なんだろう、今日はもうお腹が料理を受け付けない。お米をどこかで食べないと落ち着かないはずなのに。
「柴主任」
「なんですか?」
「今日はもう、はんぶんこ同盟は終了します。あとはお好きなものをお好きなだけ食べてください」
はんぶんこを見越して倍の量を注文しても大変だと思い、柴主任にこそりと告げる。亮さんと華さんは接客に忙しそうだったから邪魔にならないように。
いつもの食事の量の半分にも満たない時点での御馳走様に、柴主任は私の顔を覗き込み、少し顔色に赤みが足りないことを指摘する。
……気付かなかった。ということは、ごく僅かなんだろうけど。そのわりには、身体の内側からいつもより高い熱を感じるような気もする。
明後日には友達と遊ぶ約束もあるからと、今日は早めに切り上げることにした。