終われないから始められない
少しずつではあるけれど、仕事をさせて貰う事にした。
休み休み、随分と甘えたものだ。
仕事が仕事なだけに、ボーッとしていては勤まらない。
「こんにちは、お世話になります」
私達のような仕事では、なかなか他行の方とお知り合いになることは少ないのだが、今、私は、主任と一緒に他行に来ている。
銀行が銀行に預け金をする。
大口の出金がある時、現金が無くては困る。
そんな時の預け金だ。
うちの出納さんは、お局少し手前の(ごめんなさい)お姉さんだが、ここは男性行員さんが出納のようだ。
…流石。少し目尻にシワが出る。
安心感のある素敵な笑顔の人だ。
立ち上がると身長も高くて、マダムキラーのよう。
「お世話になります」
預けていたバッグを開けて確認する。。
“いかにも”な黒い鞄だ。
いつも触ってると麻痺してくる。
大金を大金と思わなくなってくることが、ある意味怖い。
「谷口さん」
「はい?」
私、名字は谷口なんです、今更ですが。
何故、私?主任に用では?
少しトーンダウンした声。
「あの、良かったら今度、うちの行員とご飯でも。
是非、お願いしたいのですが」
「あ、でも、私そういうのは、苦手で…」
強く言えない私は、主任に助けを求めたのだが、どうやら上手く伝わらなかったようだ。
「紹介したいやつがいるんです。またご連絡します。
本当、なんの前置きも無く、いきなりで申し訳ありませんでした。
中々こういった声をお掛けするチャンスが無かったもので」
「あ、いや、…でも」
「ご連絡、しますから」
来た時とは違う、ニカッと少年のようなスマイルを返された。
広く一般的に“撃ち抜かれ"そうな笑顔だった、流石です。
そういえばID、ストラップで提げてたのに。
出納さんの名前、確認すれば良かったかな。