終われないから始められない
「…ただいま」
テーブルの上に鍵と袋、鞄を置き、ローチェストの上の写真立てに呟くように声を掛けた。
買った物を袋から出し、冷蔵庫に仕舞う。
いつもの無意識の行動だ。
取り敢えず…、お風呂…。
お湯を出す。
上着を脱ぎ、へばり付くように濡れたスカートを剥ぎ取るように下ろす。
ブラウスもぐっしょりと濡れている。
寒い訳だ。
こんなに濡れてたなんて…。
おばさんが心配するのも頷けた。
これでは何かあったと思われても仕方ないか…。
下着も脱ぎ浴室へ入る。
頭から熱めのシャワーを浴びる。
涙が一緒に流れていく。
浴室の鏡に写る自分はあの頃のよう…。
…ウッ、ウウッ…。
堪えられなくなった。
嗚咽が洩れる。
…有り得ない。
言い聞かせるように呟いた。
ちょっと似てる人に遭っただけ。でも…。
何だか解らないけど、同じような雰囲気の人だった…。
でも、違う…絶対、違う。
それは有り得ないから。
それでもバクバクする。
あの香り…。微かに嗅いでしまった…。あぁ…。
…混濁する。
だって弘人は…、私の前から突然居なくなったんだから。
…会う事は、もう叶わないんだから。