終われないから始められない


回された腕に少しビクッとした。
その行為にというより、僅かだけど弘人と同じ香りがしたから。
その香りに包まれたいと思った。

「寒いだろ?」

「…はい。でも冷たい空気が、凄く気持ちいいです。…痛いくらい澄んでます」

寒いのだろうと思った。
祐希は少し体を寄せてきたように思えた。

「…戻ろう」

「はい…」


俺達は互いに車に乗り込んだ。

エンジンをかけ、温まり始めた車内で俺は話し始めた。


「この車、少し癖のあるヤツでね、時々、拗ねるんだ」

祐希は静かに聞いている。

「…あの日も、いつもの様に拗ねられたんだ。

俺は最寄りの車屋を検索して連絡を取った。

暫くして、若くて、でもとても印象のいい背の高い兄ちゃんが、レッカー車で来てくれたんだ。
言い方は悪いが、この業界は割と厳ついヤツとか無愛想な人が多いイメージだったから。
爽やかな笑顔の青年は意外だった。

状況を伝えて、いつもよくあるんだと言った。

うん、うんと頷きながら、最終的には運び込んで一度キチンと整備した方がいいんですが、と言う。
でも今の状態ならと、チョコチョコッと弄って、あっという間に解決してしまったんだ。

出張代だけで大丈夫、OKですよって、帰って行った。

それから彼には車、世話になってたんだ。

若いのに腕が確かで、仕事も早いから、店の客に人気があった。
時々誘って飯にも行くようになった。

随分疲れてる時もあったみたいだけど。
頑張ってるなと思ってたよ。
この仕事、本当に好きなんだなって思った。

…祐希。

内田君だ。
内田弘人君の事だよ。

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