空よりも高く 海よりも深く
 アリアの『リディルを娘にしよう大作戦』では、リディルを他の班に配置して、そちらの仲間たちと絆を深めてもらっては困るらしい。

 ギルド支部長の権限を乱用しまくりではあるが、フェイレイの傍にはリディルがいてくれた方が、ランスとしても安心である。

 近くに“護るべき者”がいれば、きっと、大丈夫な気がするから。

「今朝早くに出発したそうだから、今頃は魔族とばったり、なんてこともあるかな……」

「あのリディルちゃんが傭兵とはな。そりゃ心配だよなぁ、あんなにかわいい子が魔族と戦うだなんて。昔川から流れてきて生死を彷徨った子だからな、俺としても目の届くところにいて欲しいと思うもんなぁ」

 リディルを助けたあの嵐の夜、このニクスも一緒だった。リディルが助かったことを喜んでくれた一人であり、リディルを村の子として心配してくれているのだ。そのことをランスは嬉しく思いながら、周囲に視線を走らせた。

 あの時大暴れしていた川は、今は黄金に輝く麦畑の中を静かにせせらいでいる。

 もう収穫は無理だと思われた畑には、村人が食べるには十分な量が実っている。

 修繕された民家の煙突からは煙が見え、奥方たちが夕飯の支度をする姿が見えるようだ。日が暮れれば温かい家族の団欒が始まるだろう。

 やっと復興してきた街並みを静かに眺めるランス。

 傾いてきた日に照らされ、橙に染まる優しい景色だ。

 それが、突如、色を失った。

 ランスは目を見張る。

「ランス?」

 そう声をかけてくるニクスの声が遠い。

 ランスの世界は今、早鐘を打つ自分の心臓の音に支配されていた。

(……なんだ)

 分からない。

 分からないけれど、肌を撫でる秋の風が寒い。降り注ぐ柔らかな夕日が痛い。鮮やかな色で揺れる小麦の穂が、霞んでいる。

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