空よりも高く 海よりも深く
「私のことよりも……君は大丈夫かい? 今日もまた何か言われたのではないかい?」

 ローズマリーの髪を手で梳きながら訪ねると、彼女はつん、と顎を上げた。

「あんな権力を笠にきたメス豚どもに何を言われようと平気です。……お前らなんかいつでも潰せるんだぜ、と思いながら笑っていればいいんです」

 潰せる、というのは、権力のある地位から叩き落す、という意味ではない。物理的な意味で、だ。それが世界一の拳闘士と謳われる彼女には容易に出来るのが恐ろしいところだ。

 どす黒いオーラを放つ皇后に、カインは噴き出す。しかし隅に控えていた女官は目を吊り上がらせた。

「皇后陛下!」

「あっ……す、すみません、思わず素が出てしまいました……」

「ふふ、私の前でくらい構わない。外で仮面を被っているのは疲れるだろう。今くらいは休んで」

「……ありがとうございます」

 カインの言葉に、ローズマリーは微笑む。

 民間出身、しかもギルドの傭兵として働いていたローズマリーは、少々どころかかなりの跳ねっ返りだった。それをたったの一年で、外側だけでも皇后らしく見えるように教育を施され、なんとか成婚式を迎えることが出来た。

 突貫工事で出来上がった淑女の仮面は気を抜くとすぐに剥がれてしまうので、常に気を張ってはいるのだが、この優しい夫の前ではその必要もなかった。

 カインがローズマリーを望んだのは、彼女が強いからだ。

 時には強引に推し進められる改革。それを良く思わない者たちから、妃自身が身を護れるだけの力量を持った女性が欲しい。カインがローズマリーに望んだのはそのひとつだけだ。

 けれども皇妃教育を受けている間も何かと気遣ってくれたカインの優しさと微笑みは、光となってローズマリーの心の奥深くまで満たしていた。

 神様だなんて言われているけれど、誰よりも人間らしい温かみを持ち、誰よりもこの星の民のことを考え、自分を犠牲にすることも厭わない。そんな皇が、ローズマリーは好きだ。

 自分だけではなく、この皇も護りたい。

 そう思うほどには、ローズマリーはカインが好きだ。

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