空よりも高く 海よりも深く
◇空と海が還る日◇

1.異変

 星歴2032年 秋


 セルティア国に収穫の季節が訪れようとしていた。

 村人たち総出で麦の収穫をし、果樹園にたわわに実る果物を摘み取る。気候の安定した今年は見入りが良かった。あちらこちらから村人たちの賑やかな声が響き渡る。

 そんな長閑な田園風景に、突如悲鳴が響き渡る。

「魔族だ! 獣型の魔族が!」

 張り巡らされた柵の向こうから、虎のような魔族が群れを成して村に侵入し、収穫前の畑を踏み荒らしながら襲い来る。

 自警団として駆けつけたランスは、逃げ惑う村人たちを追いかける魔族たちの前に立ちはだかり、背負った大剣を振り被った。

「おおおおおおっ!」

 気合一刀。

 横薙ぎに振られた剣から飛び出した覇気で、魔族たちが次々に吹っ飛んでいく。

「ランス!」

「ランスさん、助かった!」

 動かなくなった魔族たちに、村人たちが安堵の笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。

「来るな!」

 ランスは叫びながら、乱れた呼吸を必死に整えた。腹の底から湧き上がってくる気持ち悪いほどの破壊の衝動に耐える。

 さあ、壊せ。

 薙ぎ払え。

 あの魔族たちと同じように、すべてを。

 そう、耳元で囁かれる悪魔の声。その声が胸の内に暴れたそうにしている憎悪の塊に触れると、何とも形容しがたい快楽が生まれくる。思わず身を任せてしまいそうになる。

 駄目だ、呑み込まれるな。

 村人を巻き込むな。

 歯をギリギリと食いしばり、大剣の柄を握りしめる。人の良い隣人たちに刃を向けそうになるのを、抑えて、抑えて。

「……すまない。まだ小物が潜んでいるかもしれないと思って。もう大丈夫そうだ」

 なんとか顔を上げ、怒鳴ってしまった村人たちに笑顔を見せると、彼らもまた笑みを返してくれた。

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