空よりも高く 海よりも深く
「フェイ」

 リディルは少し背伸びをすると、フェイレイの頬にキスをした。

「……ありがとう」

 パッと顔を逸らし、背を向けて歩き出すリディルに、フェイレイは呆然と立ち尽くした。

 アリアも聡明な判断をした娘に謝罪しながら、その小さな背中を見送る。必ず助けるから、待っていろよ。そう、誓う。

「では参りましょう」

 アレクセイはリディルの前に立って歩き出す。それに、エインズワース夫妻も続いた。兵士たちはその後ろからついてくるが、彼らを拘束することはなさそうだ。

 エレベーターに乗り込もうとする夫妻に、ヴァンガードが戸惑いながら声をかける。

「父上、何故、貴方まで」

 オズウェルはアリアの見たことのないような冷たい目でヴァンガードを見下ろした。

「父などと呼ぶな、一族の恥さらしが」

 吐き捨てるようにそう言う父に、ヴァンガードは身を固くする。

「ドラゴン討伐の話は聞いた。足手まといにしかならんような者は、我がエインズワースには相応しくない。お前はもう勘当だ」

「ヴァンガード」

 オズウェルの後ろを歩いてきたビアンカが、柔らかな笑みで声をかけた。

「私たちはね、皇女殿下を皇都まで送り届けるのですよ。エインズワースに相応しい、誉れな任務です。ですが、お前には無理ね。残念だけれど、これでお別れです。さようなら」

 2人は対照的な顔でヴァンガードに別れを告げると、リディルたちと一緒にエレベーターに乗り込んで行ってしまった。

 エインズワース夫妻は、ヴァンガードを切り捨てた。

 彼らとは無関係。だからこの小さな息子は裁かないでくれ。そしてお前は父と母を憎み、それを糧に生きていけ。……その想いが分かるだけに、アリアは悔しさに唇を噛む。

 そして。

「……だから言ったでしょう? 僕は、ドラゴンに殺されていれば良かった」

 そんな風に呟いてしまうヴァンガードの気持ちも分かった。

「そんなこと言うな」

 フェイレイが宥めようとするも。

「だって僕は、あの人達にとってどうでもいい存在なんだ! ……生きてる価値すらない」

 拳を震わせ、パタパタと涙を落とすヴァンガード。

 このままでいいのか?

 この子に憎まれたままでいいのか?

 愛していたと、伝えなくていいのか?

 アリアはヴァンガードを慰めようとしているフェイレイを押しのけ、膝を折って彼の顔を覗き込んだ。

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