空よりも高く 海よりも深く
 アリアは喜んで手ほどきした。息子には才能があると知っていた。彼が泣くほど厳しくした。それでも息子は挫けずに強さを求めた。護りたいもののために。

 そして今、息子は強くなって目の前にいる。

 アリアと対等に渡り合える戦士など、このギルドでも数えるほどしかいない。それと対等以上にやりあっている。激しい拳の応酬の中で、アリアはジリジリと追い詰められているのを感じていた。

 襲い掛かる拳も、鞭のように唸る脚も、その鋭さはこのセルティアではもう右に出る者はいないだろう。

 このフェイレイに剣を持たせたら、アレクセイに勝つことは出来なくとも、隙を突くことくらいは出来るかもしれない。


 ──昔はあんなに泣き虫だったのにな。


 アリアは眼前に迫りくる息子の拳を、感慨深く受け入れた。

 ああ、もう。

 泣いているだけの子どもではないのだと。

 自分の足で自分の生きる道を歩いていくのだ。この、母の手を離れて。


 避けることは不可能なほどの拳を迎え入れるアリアの眼前で、ピタリとそれが止まった。

 驚きに目を見開くアリアは、フェイレイの瞳からぱたりと涙が一滴落ちていくのを見た。

「……甘い」

 アリアはそう言うと、素早く蹴りを繰り出し、フェイレイの側頭に叩き付けた。

 ズササササ、とコンクリートの上を滑るように転がっていくフェイレイ。そこにヴァンガードが駆け寄った。

「馬鹿が。手加減するなと言っただろう。その甘さが身を滅ぼすぞ」

 口の中を切り、唇から鮮血を滴らせながら起き上がるフェイレイに、冷酷に言い放つ。一人前になったのだと感慨深くしていたのに、結局は甘い子どもなのかと、落胆もしていた。

「何かを護るためには、何かを切り捨てなければならん。そのことを思い知れ。中途半端は許さん」

「……嫌だ」

「何?」

「俺は、何も捨てたりしない。今の俺を作ってくれた人達を捨てていったら、俺は俺でなくなるんだ」

「お前は、セルティアを、父や母を、自分すら捨ててリディルを助けに行くのだろう?」

「絶対に、ここに帰ってくる」

 フェイレイは立ち上がり、アリアを見つめた。

「リディルを連れて、ここに帰ってくる。……必ず」

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