空よりも高く 海よりも深く
 右手首に填められた黒いバングルは、身分証明の代わりになると同時に、その者の生命維持活動状態をも示す。

 それが、消えた。

『支部長……支部長! 返事をしてください、支部長!』

 生命維持活動の停止を感知した司令室から、ブライアンが声を張り上げる。

「アリア! アリア、起きろ!」

 兵士たちに取り囲まれながら、ガルーダも叫ぶ。

『し、支部長、嘘ですよね、支部長!』

『アリアどうした、こら、返事しろや!』

『支部長おおおおおおっ!!!!』

 アリアのインカムに、いくつもの声が重なる。

 けれどももう、彼女の耳にそれが届くことはなかった。

 ただただ、流されていく。

 彼女が最期に思い浮かべた、最愛の人の元へ。




 インカムから漏れ聞こえるギルドの傭兵たちの叫びを聞きながら、アレクセイは震える手をどうにか押さえつけ、そしてアリアの首元に視線をやった。

 銀色の鎖の先にあるシルバーリング。恐らく結婚指輪だろうそれを摘まみ上げ、鎖を引き千切る。

「て、てめぇ、俺が相手してやる!」

 兵士たちに囲まれながら、勇ましく闘志を燃やすガルーダを一瞥し、アレクセイは指輪を手の中にそっと握り込んだ。

「フォルセリアへ向かった護衛艦を呼び戻せ。陛下の御許に戻る」

「セルティアへの攻撃はもうよろしいのですか?」

「ああ。この国に見合う対価は貰った」

 歩いていくアレクセイに、ガルーダがいきり立つ。
 
「てめえ、逃げんのか! 俺の相手をしやがれ!」

 しかしアレクセイは振り返らない。真っ直ぐに歩いていく彼の胸中で、アリアの言葉が激しく渦巻いていた。





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