空よりも高く 海よりも深く
「これでやっと、この世界を壊せる」

 歪んだ口元から、血の混じった涎が滴り落ちる。それをたどたどしく手で拭い、視線を巡らせて“自分の”獲物を目にした。

 “獣”は徐に大剣を手にした。澄んだ青空のようだったその瞳は、雨が降る前のように濁り切っている。

「壊れろ」

 犬歯を剥き出しにして笑った獣は、大剣を一振りした。

 それだけで岩盤は斬り取られ、洞窟が崩れていく。雪崩れ込んでくる岩と雪を泳ぐように避けた獣は、猛吹雪の雪原に姿を現した。

 すう、と息を吸い込むと、言い知れぬ解放感に包まれた。何だか色々と壊してしまいたい気分だ。

 濛々と立ち上がる雪煙の先に、小さな集落があることは知っていた。オーロラに魅せられた人々が住む、辺境の寂しい村だ。

 ランスはその人たちにも迷惑をかけないよう、ひっそりと洞窟に潜んでいたのだけれど、もう、その必要はない。

 凍り付く大地に生きる、力強い命なんて。

「そんなものはいらない」

 愉悦の笑みを浮かべながら、獣は一歩、また一歩と歩き出した。

「アリアがいないなら、誰がいても意味がない」

 雪原を進む足が早まる。

 ここにいる人を殺したら、子どもたちが困るかもしれない。けれどももう、どうでもいいのだ。だって俺が世界を壊すのだから。

 子どもたちを付け狙う者たちだって、みんなみんな、壊してしまうのだから。

 だからいいのだ。

 殺して、いいのだ。

 その思考が何故だかとても楽しくて、獣は低い声で笑い出した。

「はははははは、はははははははは!」

 今まで抱いていた罪悪感とは一体何だったのか。それすら思い出せないほど爽快な気分だ。解放されて自由になった獣は、大剣を引き摺りながら殺戮の道へと進んでいく。

 その足を、止められた。

 突然に足元から碧色の光が溢れだした。それは水のように蠢き、瞬く間に獣を覆い尽くす。

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