空よりも高く 海よりも深く
「はは……は……?」

 獣は笑うのを止めた。

 碧色の光の中から更に光が盛り上がり、ぐにゃりと揺れる。

 それは人の形となり、“ランス”の前に立ち塞がった。

「あ……あぁ……アリ、ア」

 淡い碧色の光は、ランスの最愛の妻、アリアの姿となった。

 彼女は親の仇でも見るような顔でランスを睨みつけると、拳を振り被った。

 どん、という衝撃がランスを襲った。

 殴られた頬には痛みはない。痛みはないのに、その拳はランスの目を覚ますには十分な衝撃を与えていた。そして、ランスを蝕んでいたモノが欠片も残さず吹っ飛んでいた。振り返ると、白い甲冑を来た青年が、雪原の上に転がっているではないか。

『そ、そんな、馬鹿な……』

 破壊者の青年は信じられないという顔でアリアを見ていたが、やがて白い風の中に姿を隔し、見えなくなった。

 ランスはゆっくりと顔を前へ戻す。

 碧色のアリアが、ふん、と鼻を鳴らした。……ような、気がした。

「アリア……アリア」

 手を伸ばし、彼女の頬に触れる。けれどもそれは立体映像のように、触れることは叶わなかった。

『このド阿呆が』

 アリアの声は聞こえない。けれども、何を言っているのか分かった。怒りに燃える彼女は、ランスに向かってそう怒鳴っている。

 その後で、眉尻を下げて困ったように微笑んだ。

 ランスが泣いていたからかもしれない。

 アリアに触れようとしているランスと同じように、彼女も夫に手を伸ばす。涙を拭おうとしている指先は、しかしその指を濡らすことはなかった。

「きて、くれたのか、アリア」

 喉を詰まらせるランスに、アリアはコクリと頷いた。

『殴ってでも止めてやると、約束したからな』

 碧色の波紋が辺りに広がる。

『もう、大丈夫、だろう?』

 その波紋に乗って、微笑むアリアの姿も薄れていく。

「アリア!」

 呼び止めても無駄だろうということは分かっていた。それでも伸ばした手は、碧色の光を擦り抜けてしまった。

『ランス……子どもたちを、頼んだぞ』

 ぽとん、と、水滴が水の中に落ちるように、碧色の光が消え失せた。

 

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