空よりも高く 海よりも深く
「どうだ、姫の様子は」

 フェイレイの頭をぽん、と軽く叩く。

「まだねてるよー」

 転落防止の柵に寄りかかりながら、フェイレイは答える。そして眉を顰めた。

「おかしいなぁ。なんで起きないんだろう」

「……まだ夢を見ているのだろう」

 アリアがそう答えてやると、フェイレイは首を振った。

「だってさー。ひめは、王子のキスで起きるんだよ。なんで起きないのかなぁ~」

「は?」

 数秒、アリアは息子の台詞の意味を考えた。

 その間にランスは、ベッドの上に置かれた絵本を見つけた。『眠れる森の美女』という、子ども向けの絵本を。

「ああー……」

 ランスが少し困ったように笑みを零した瞬間。

 アリアの頭が噴火した。



 き・さ・ま・お・う・じょ・で・ん・か・に、な・ん・と・い・う・こ・と・おおおおおおおおお──!!!!!



 声にならない雄叫びで、医療施設の建物が大地震が来たように揺れ動く。

 皇族はこの星の民にとって神にも等しい存在である。例え妾腹の姫でも、高貴な存在であるということに変わりはない。

こんな事態でなければ触れることさえ許されないお方なのだ。それなのに。接吻とは。

 百歩譲って添い寝は許しても、さすがに接吻は許されない。そして、その注意を怠ったのはアリア自身である。その責任は果たさねば。


 ガッ、と息子の首を掴み、瞳に海の底よりももっと深い色を湛えながら拳を握り締めた。

「安心しろ、フェイ。痛みなど微塵も感じさせずに星に還してやる。それが母としての愛だ!」

 フェイレイは何が起きたのか分かっていないような顔でアリアを見上げる。青白い闘気を纏う拳を振り上げるアリアを、ランスが背後から羽交い絞めにした。

「アリア、アリア、落ち着いて」

「離せランス! この馬鹿息子を殺して私も腹を切る──!!!!」

「いやいや、駄目だよ、落ち着いて。子どものしたことだから」

「子どもとて許されぬことだ! 神の御子を穢すなど!」

「今は普通の子として扱わないと! 眠り姫はカント生まれの民間人!」

「ぬっ……」

 ランスの言葉に、アリアの手から力が抜ける。フェイレイはゴホゴホと咳き込みながら「母さん、ひどいよー!」と涙目で訴えた。


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