空よりも高く 海よりも深く
一週間ぶりにアリアがアストラへ帰ってきた。ギルドの執行部に異動になった彼女は、週末は必ず帰れるようにはなったものの、慣れない事務処理で疲れきっていた。
それでも家族に会えるのを心から楽しみにしているアリアは、飛びついてくる息子を抱きしめ、迎えてくれる夫と抱擁を交わす。
それをジッと見上げているリディルに気付いたアリアは、膝を折って目線を合わせ、優しい顔で微笑んだ。
「ただいま、リディル。この一週間は何をして過ごしたんだ? 困ったことはなかったか?」
リディルは表情を動かすことなく、ジッと、アリアの深海色の瞳を見つめる。その手はフェイレイの服の裾をきゅっと握っていた。
それを見て若干苦笑しながらも、アリアは言葉を続ける。
「そうそう、まだ寒い日が続いているからな。お前たちにこれを買ってきた」
荷物の中から赤と青の手袋と耳あてを取り出し、フェイレイに手渡す。
「北の大陸から入ってきた、ヤガールの毛で作ったものだ。あったかいぞ?」
「わー、母さん、ありがとう!」
フェイレイはにこにこ笑顔で礼を言い、さっそく手袋と耳あてを装着した。ついでにリディルにもつけてやり、にっこり笑った。
「リディル、おそろいだねー」
そう言うフェイレイを、リディルはジッと見つめる。
「これで外にお散歩に行けるね。父さん、お散歩行っても大丈夫だよね?」
「ああ、いいよ。明日晴れたら行っておいで。でもあんまり遠くへは行かないようにね。リディルはまだそんなに動けないから」
「うん、分かったー!」
フェイレイは元気よく返事をし、リディルと手を繋いで二階へと上がっていく。「明日はどこに行こうね?」とか、「疲れたらちゃんと教えてね」とか、そんな会話をしながら。
けれどもリディルは何の反応も示さない。ずっと無表情のままだ。
「……リディルは、ずっとあんな調子か」
マフラーを外しながら、アリアは溜息をつく。
「うん、でもちゃんと俺の言葉に頷くようになってきたし、徐々に慣れてきてはいるみたいだよ。……あんな酷い目に遭ったばかりだ。気長にね」
「そうだな。……うむ、本当にそうだ。どうも私はすぐに結果を求めたがっていかんな」
「ふふ、まあ、仕方ないよ。もう少し懐いてくれると俺たちも嬉しいしね」
「まあな。……うん、ゆっくりだ。ゆっくり」
アリアは自分にそう言い聞かせながらリビングへと入っていく。