夏彩憂歌
「おばあちゃんね、もうひとつ、慶兄さんの望みを叶えるために……」

そこでおばあちゃんが家の中にあがって取り出したのは、英和辞典と英語学習のテキストだった。

「英語勉強しとるんよ。いい歳やけど」

くすりとおばあちゃんは笑う。

つられてあたしも笑った。

"I will die for you."

おばあちゃんのたどたどしい発音の英語が、はっきり響き渡る。

俺はお前のために死ぬよ。

慶兄さんが残したその言葉が、今、彼の望みどおり英語となって宙に舞う。

「どう?みくちゃん。英語教室の先生にちゃんと教えてもらったんよ」

「すごいよおばあちゃん!!」

顔を皺くちゃにして笑うおばあちゃんは、あたしの自慢のおばあちゃん。

たくさんつらいことを経験してきて、今、最高に綺麗な笑顔を見せる、おばあちゃん。

「みくちゃんに褒めてもらえたし、これでやっと慶兄さんのお墓の前で教えたることができるわ」

慶兄さんはきっと、お墓で微笑むだろう。

見たことはないけれど、目に浮かぶ。


いつまでも空に残る彼の想いは、おばあちゃんに注がれるその優しさは、きっと空からの贈り物。

< 53 / 79 >

この作品をシェア

pagetop