夏彩憂歌
「ねえ、ユウ」

「エミリ、何のつもり?」

首に絡みついた彼女の手をほどく。

「誰のこと、考えてたの?」

「……」

「ユウは誰のことも見てないわ。もちろん私のことも。
気付いてるくせに。
私がアナタをスキだって、ちゃんと気付いてるくせに」

「大事な人のこと。忘れられない人のこと。忘れなきゃいけない人のこと。
……いつも考えてんの」

煙草の煙が肺を満たす。

あいつは煙草が大嫌いだった。
どこかへ一緒に食べに行ったりすると、彼女は煙草の煙にいつもむせてた。
俺はいつも、禁煙席の端っこに彼女を座らせて、彼女がつらい表情をしないようにしてたっけ。
ハタチを超えても絶対吸うものかと思ってたのに。
彼女を忘れるために、吸うことになるなんて。

「ユウは、こっちへ来てから彼女は作ってないわよね」

「ああ」

「ガールフレンド、だけね。お遊びの」

「向こうがせがんできたときだけ」

「何で私はダメなの?……私も、ガールフレンドでもいいから」

「お前は俺に本気だから。だからダメ」

彼女は押し黙った。


だって、だめなんだよ。

本気のヤツは、だめなんだ。

好きなのに、大好きなのに、届かないつらさが分かるから。
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