まっすぐに
(ハルって、藏森晴彦のこと?晴彦…ハル…?)

今度は爽やかな男性が、ニコニコ微笑みながら言った。
「僕は鈴木正幸です。主に経理を担当してますが、コーディングもちょっとやります。宜しく。」

洋子の頭は錯綜していた。
(あのアプリを作ったハルがこの目の前にいる髭面オヤジだったなんて。)

晴彦は履歴書を見ながら不機嫌そうに話し始めた。
「それで、宮本さん、あんた何ができるの?今、うちは即戦力を必要としてるんだけど。Javaの開発は?Swiftないの?htmlとJavascriptはできるね。JQueryは?phpやったことはある?Rubyは?え!?ないの?使えねえなあ!!」

(詐欺だ…)

洋子は平常心を取り戻せなかった。自分だけガラスの箱の中にいるようだった。

「勤務時間は5時間希望?週四?残業出来ないの?」

晴彦は反応のない洋子を見てイライラしてきた。
「あんたみたいな人は仕事なんかしないで家事育児やってなよ。どうせ子供が風邪ひいたとかなんだかんだ言って休むんだろ。若くもないあんた雇ったってこっちには何のメリットもないんだよ。
何か言いなよ。
何も言うことないなら、さぁ帰ってくれ!時間の無駄無駄」

(なんなの、この人。他の面接官と同じような話しばかり。家事とか育児とか、私じゃない誰かの話しばっかりして、私は、私は…)

「私は、こんな話をしに来たんじゃない!あなたのアプリを見て、私は私のやりたい道を見つけかけていたのに。」
「作り手がこんな人だと思わなかった!私は誰かの妻でもない、母親でもない。
誰かの心を揺り動かす物が作りたかっただけなのに。それを学びたかった。お金なんていらないから。」
「作った人と会って話してみたかった。でも会ってがっかりした。こんな平然と人を傷つける人だったなんて。」
洋子は悔しくて涙がポロポロでてきた。
いい年して人前で泣くなんて恥ずかしかった。心の中の炎がふっと消えた。

「俺から学ぶって?!何を?自分の道を探すとか言う割には他力本願だな。誰かを模倣しているうちはそんなもんしか作れないんだよ。」
晴彦は笑った、が泣いている洋子を見て、真面目な顔で言った。

「アプリってhanielのこと?」
洋子は泣きながら頷いた。
「あれは俺が作ったんじゃない。作ったんじゃないと言ったら語弊があるけど。」
「俺は確かにハニエルに感情と言葉を教えた。後はユーザーの言葉に合わせて感情と言葉をシステムが自動的に選んだだけ。」
「俺みたいな自己中の引きこもりのゲーマーオタクが動かしてねぇからな…だから良かったんだろう」

洋子の涙は止まらなかった。晴彦の言ってることは全て正しいように思えた。私にはまだ私の道が見えていない。
誰かに与えられた道の続きでしかない。

「マサ、どうするの?この人」
正幸はニコニコしながら言った。
「僕は合格ですね。」
「えっ!!」
晴彦と洋子は叫んだ。
「僕はこの会社に新しい風を入れてくれる人を採用したかったんです。」
「なにそれ?!この人何にもできないんだよ!!」
晴彦は洋子を指して叫んだ。
「できますとも。コーディングなんていつでも覚えられます。ここにはコーディング以外にもやることは山ほどありますから。」
晴彦の怒りの形相とは打って変わって、正幸は相変わらずニコニコしている。
「彼女はハルの心を動かした。こんなにハルをたじろがせた人ですからね。」
「俺が社長だぞ。権限は俺にある。」
「どうぞ、社長の意向のままに」
晴彦と正幸は暫く見つめ合って、晴彦は大きくため息を吐いた。
「マサの言うことに間違っていたことはないからな。宮本さん、いつからこれるの?」
「えっ、し…4月からなら。」
「初め一ヶ月は試用期間な。最低賃金からだ。使えなかったら容赦なく首だから。」
「は、はいっ」
正幸が、フラフラしている洋子を支えて、玄関まで見送ってくれた。
「良かった。来月からは宜しくお願いしますね。」

洋子は狐に摘ままれたような気分だった。
あんな嫌な気持ちになる面接初めてなのに、怒って、叫んで、泣いて。すっきりした。大きな荷物を下ろしたように。

正幸の言った言葉を思い出した。
「彼女はハルの心を動かした」

洋子の心にまた暖かな炎が灯ったのだった。
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