蜜愛フラストレーション
翌日はフェラーリの限定車で、ユリアさん直々に送って貰うことになった。
昨夜のように本社に横付けされると目立つからやめて欲しかったのに、聞く耳を持たない彼女に笑顔で車に押し込められたのだ。
彼女の都合で出勤時間が早かったので、遠くても歩くと車中で粘った結果、社屋から一本通りを挟んだところで降ろすと言ってくれた。
見慣れた風景に差しかかった頃、希望した通りの路肩で車を停めてくれる。
「ありがとう」と言ってシートベルトを外そうとした時、隣から声をかけられて顔を上げる。
昨日と同じく長い髪を束ねたスーツ姿のユリアさんと目が合う。どこか心配そうな顔で頭を撫でられた。
「辛いこともあるかもしれないけれど、打たれ負けないで。ただ、頑張らなくていいわ。
萌ちゃんを害するようなやつから私たちが絶対に守り抜くから、これは約束する。あとは、いつもの笑顔を忘れないでね」
「ユリア……じゃない、百合哉さんありがとう」
「いいえ〜。よし、目一杯戦ってきなさい!あ、萌ちゃん待った」
話しながらスーツの内ポケットを取り出したスマホを向けられる。首を傾げた瞬間、パシャリ!とカメラのシャッター音が鳴った。
「なんで撮るの!?」
間抜けな顔を激写されて発狂する私をよそに、素早く操作し終えたユリアさんがほくそ笑む。
「おまもりあげようかと思って〜」
「……まさか」
「ヤツの心が枯渇しないようにねぇ。ふふふ、全速力で走る馬に鞭打ったようなものかしら〜」
つまり、優斗へあの気の抜けた表情を送りつけたということ。……それ、迷惑メールだから!
茶化すような声で優しく微笑まれると、この人には敵わないな、と肩の力が抜けていく。
「じゃあ行ってきます!ユリアさんも無理しないでね」
「ふふっ、じゃあねぇ」この言葉を残し、彼女の車は朝の街並みに消えていった。
性別名前なんて本質の前には些細なこと。ユリアさんはそう思わせてくれる人で。実は親切なところが課長と似ているなと感じつつ、会社を目指して歩き出した。