蜜愛フラストレーション
真夏の太陽の眩しさに目を細めながら社屋に到着。ロビーのひんやりした空気にホッとひと息つく。
出社時間帯より幾分早いのでエレベーターも混雑しておらず、スムーズに職場のあるフロアに着いた。
そのまま更衣室に立ち寄り、最後に鏡で身だしなみをチェックしたらフロアに向かう。
新規、もしくは追い込みをかけたチームのメンバーは、徹夜か早朝から出社していることが多い。
すでに隣の蔵元さんも出社しており、挨拶をして自席に着いた私はPCでメール確認から始めた。
「萌ちゃん」
作業を始めてすぐに後ろから呼ぶ声が聞こえて、顔を上げて振り向く。すると、困ったような顔をした松木さんと目が合う。
「おはようございます!あの、昨日はすみません」
慌てて席を立つと、視線で『あっち』と休憩所のほうをさす松木さんに付き従った。
誰もいない休憩所で向き合うと、疲れた顔の松木さんがようやく口を開いた。
「あのさ、昨日の人って、彼氏?」
「え、と、昨日は本当にすみません。その、知り合い、です」
頭を下げて昨夜の非礼を詫びる。しかし、質問には曖昧な答えで濁した。
「付き合ってんの?」
「すみません……、プライベートなことなので、今はちょっと」
今が勤務時間前でも、すでに仕事中。ここに私情を持ち込まないで欲しい、と言いたいのを堪えながら。
諦めようとしない松木さんに対して低姿勢を崩さず、されども認めるつもりはなかった。
「……そう、分かった。ごめん」
暫くして彼が折れてくれたので、最後に深々と一礼してその場を辞す。
すぐ職場に戻ると、再び作成途中だったメールに取り掛かりながら、漸くその場でホッとした。
これは優斗やユリアさんとの約束だった。——もし誰かにユリアさんと関係を聞かれても、認めも否定もしないでおこう、と。