蜜愛フラストレーション
大変な状況の中でも私を守ろうとしてくれる彼に感謝したものの、大丈夫だからと言い切った。
彼女には良い感情を持たれていないことは分かっていたから。もう、へこむほど弱くはないから心配しないで。
きっぱりとそう告げれば、不安そうな優斗のほうが最後は折れてくれたのだ。
それでも懸念の消えなかった優斗がユリアさんに話してしまい、今度はユリアさんが職場に乗り込むと息巻いたのには困ったけれどね。
柔らかい真綿に包まれて厳重に守られても、それは私のためにはならないこと。
しかも、難しいミッションと分かったうえで本社に残ったのだから、大した問題ではない。
何より、今回の一件と新作のどちらも成功させたい。諦めて逃げるのはもう嫌だから。
ちなみに、蔵元さんは後輩いびりは一切しない。仕事に大変真摯な女性なので、小言に対するスルー技術を少々身につければ働き易いと思う。
しかし、ハルくんとの関係性は相変わらずで。ふたりの良いケミストリーへの道は険しそうだ。
そんなハルくんの疎さに倣って、図々しく開発室に通うと決めて以降、私は日々その部屋で仕事をしながら彼女の作業観察も同時進行。
当初は彼女から思いきり睨まれたり、舌打ちされたものの、それらすべてを笑顔でかわし続けた。
一週間ほど経ったある日、社内メールが飛んできた。メールには簡素な指示と資料が添付されており、会話はなくても徐々に仕事を任せて貰えるように。
社内メールで問い合わせれば短文ながら返信が届くことも増え、ついには改良品づくりに参加させてくれるようになった。
基本的に冷たい口調で言葉数も少ないけれども、さほど気にならなくて。彼女が少しだけでも私を認めてくれたことに安堵したのだ。
「本日づけで1課に異動となりました、五十嵐です。“また”どうぞよろしくお願いいたします」
そんな紀村さんの元で働くことが日常と化した頃、ついにその人物が目の前に現れた。
不敵な笑みを浮かべ優斗の隣に立つその姿は自信に満ち溢れており、一気に心が冷えていくのを感じた。