蜜愛フラストレーション


淡いベージュ色のスーツを纏う立ち姿と、綺麗めなその顔に一切の隙はない。けれども、毛先に緩くカールのかかった髪をサイドで束ね、少しのゆとりを覗かせる。すべてが完璧ではないこの絶妙さが、かつてと同じで怖くなる。


「北川くん、娘をよろしく頼むよ」

課長の隣にいた優斗に視線を移した専務の発言に、背筋が凍る思いがした。

それでも固唾をのんで見守るしかない。優斗を信じている、これだけが私の強みだからと。


すると、一礼して形式的な挨拶に留めた優斗に肩の力が抜けていく。卒のない彼を見て豪快に笑った専務がこう言った。

「近いうちに食事でもどうだい?彩(あや)の将来についてね」

「私はそれほど頼りないかしら?でも、北川くん、食事は行きましょうね」

「大変ありがたいお誘いではありますが、私のような者がお話を伺っては失礼ですから。
何より、今は仕事が立て込んでおりまして、私的な時間も取れないために申し訳ございません」

しかし、五十嵐親子からの攻勢にも優斗は一切表情を変えなかった。

むしろ専務の誘いを断っていいのかと思ったほど徹底している。上層部と上手く渡り合える人だからこそ、この態度は意外だった。


「北川くん、いいのよ。私、“公私ともに”支えられるように頑張るわ」

専務が何かを言う前に彼女がそう返すと、鋭い一瞥をこちらに飛ばしてきた。

「ははは、その意気なら取り越し苦労だったか。ま、とりあえず彩を頼んだよ」

今も昔も変わらず、娘には甘いらしい専務がようやくその場を離れていった。


一瞬だけ絡み合った視線は優越感に満ちており、反省の色は全く見られない。

彼女がここを離れてから1年以上、否、まだ1年ほどしか経っていないのだ。

まるで威嚇するような視線を受けた私は、今日からが本当の戦いだと感じた。


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