蜜愛フラストレーション
社内でも優斗にアプローチする五十嵐さんの噂は次第に広まり、女性はおろか男性まで白い目で見ていた。
どこでも彼にべったりしようとする彼女は常識がなければ年齢的にみっともない、と。
ただ彼女だけでなく、優斗が専務派になびいたという悪評まで付随し始め、見守ることしか出来ない私は噂を耳にする度に胸が痛んだ。
もちろん優斗の態度は明らかだったし、その話を真に受ける人はごく少数。やはり五十嵐さんが一方的に想っていると感じ取っているらしい。
さらに部署の中で、私をはじめ女性に対して悪態をついていること。また、かつて異動した理由がまことしやかに広まっていた。
それを知った他部署の女性たちは自分に火の粉が飛ばないよう、彼女を避けているらしい。
周囲が彼女に何も言えないのは、専務という後ろ盾ゆえ。私もまた周囲と同じように、この状況にやきもきしながら過ごしていた。
「私はこしあんのほうが舌触りも滑らかで好きです」
「粒の食感を残すと十勝産の小豆の良さが伝わるわ」
「紀村さん、ひとまず取り寄せた他の豆も試しませんか?」
なおも食い下がる私に嘆息し、「ああ、しつこい」とひと睨みしてくる紀村さん。
煩わしそうな態度で背中を向けたかと思えば、すでに別の豆に取り掛かり始めている。
基本的に頑固な方だけれど、人の意見を聞かないわけでもない。それが分かったので、私も遠慮なく意見を口にするようになった。
おかげで彼女と少しは意思疎通が図れるようになり、コラボレーションの進捗状況もまずまず。
優斗のことにしても然り。これまで私は苦手だと思ったら避けてしまう質で、相手の人となりを知らないまま損していた。
今回の一件で深く反省をしつつも、こんなところからも課長の目論む“ケミストリー”が前進している気がした……。