蜜愛フラストレーション
その言葉に目を丸くしながら隣に立っていた松木さんを見上げる。
「俺は最後まで一切諦める気ないから、よろしくね?」
軽い調子で言われたものの、これまでの行動からいなすことは出来ない。
言葉のさす意味は分かる。けれども、恐怖心が沸き立って何も言えなかった。
彼は呆然とする私ににっこり笑いかけると、そのまま優斗を一瞥した。
松木さんの優斗を見る顔つきは険しい。それを目撃し、ぞくりと背筋が凍るような思いがした。
視線をこちらに戻した松木さんから「返事は?」と問われた私は、首を横に振り拒否の意を示す。
しかし、あしらうことは避けた。——いつも通り、この役目を任されている中で余計な波風を立てることは憚られたのだ。
昼休憩を邪魔される毎日に辟易していた時点で、私の心は松木さんに嫌気がさしている。
気の合う先輩後輩の仲、そう思っていたのは私だけなのかもしれない。もう以前のように戻れないのは明らかだった。
「ねえ北川くん、私たちお邪魔だったわね」
割り入るように聞こえたのは、いつものやけに甘ったるい猫なで声。くすり、と馬鹿にしたように一笑されて恥ずかしさが立ち込める。
「……ああ」
少しの間を置いて、短く低い声が密室空間に響き、思わず耳を塞ぎたくなった。
大好きな人の言葉は本音じゃない。そう分かっているのに、心を抉られたように傷つく私がいた。
「でも、斉藤さんって器用なのね。松木さん頑張ってね?」
五十嵐さんは、すかさず追いつめてくる。上昇を続けるエレベーター内では様々な思惑が入り乱れ、息が詰まりそうだ。
さっきの優斗の態度は仕方ないこと。もし、ここで庇えば今までの頑張りが水の泡。だから、我慢しなきゃ。もう二度と、彼に裏切られたとは思わない。——今の優斗を信じているから、大丈夫。
松木さんから距離を置くようにして少し離れると、ざわめき立つ心をずっと宥め続けていた。
ようやく目的階でエレベーターが止まった瞬間、俯き加減で足早に空間を抜け出す。
立場ゆえ最後に出るべきことも忘れ、優斗の顔も見られないままフロアに舞い戻ってしまった。