蜜愛フラストレーション
私たち商品企画部のフロアは十五階にある。帰路につく社員で埋まったエレベーターに乗り込むと、やがて静かに地上へ到着。人の波に紛れてIDカードをかざし、本社ビルの正面玄関を通過する。
だがその直後、デスクに置きっ放しの小さなサブバッグの中にメガネを忘れたことに気づいて溜め息を漏らす。
あれはメイン使いなのでこのまま帰れば困る。ランチの時に最近ハマり中の小説を読んだばかりに、と項垂れながらも踵を返す。
「あれ、萌ちゃん、今帰り?」
「あ、はい。お疲れ様です。松木さんは今お戻りですか?」
呼びかけられて振り向くと、企画部に所属する二期先輩の姿が。軽く頭を下げると、松木さんは人の良さそうな表情を見せてくれた。
「うん、お疲れ。そっちは?」
「忘れ物に気づいて戻るとこなんですよ」
「そりゃ気の毒に」
苦笑する彼とは同じフロアで働いているので歩きながら話していると、一基のエレベーターが到着したのでふたりで乗り込んだ。同乗者はおらず、私たちを乗せたエレベーターは十五階を目指して急上昇していく。
「萌ちゃん、今日予定ある?」
変わりゆくデジタル表示をぼんやり眺めていると、唐突なその問いかけにより私は隣に佇む松木さんへ目を向けた。
「何かありましたか?」と返したものの、首を傾げたくなる。