蜜愛フラストレーション


今日エレベーター内で、松木さんが優斗に向けた視線の鋭さを思い出す。

もしかして、私の相手が優斗だと分かっている……?そう思い至り、否定しなければという思いが沸き上がる。

しかし、顔を上げようとした瞬間、百合哉さんの大きな手がそれを制す。

再び目の前の胸に沈められ、少し落ち着きを取り戻した。……何もしないことが役目ではないか、と。

「おい、聞いてんのか?」

すっかり精彩を欠いた松木さんの声が響く。しかし、動じず私の頭上で喉を鳴らして一笑する百合哉さん。

「そちらこそ落ち着いたらどうだ?」

いつもよりはるかに低くて冷たい、凛とした声音が松木さんに向けられる。

「なんだと」

「決めつけるだけの証拠はあるのか?まさか憶測だったのか?
そもそもの話、萌ちゃんに付きまといをしていたのはそちらだ。今も待ち伏せしていただろう?
精神的苦痛を受けた時点で司法機関にも訴えられる。もちろん、こちらは追い込むだけの用意があるよ?」

優斗にも百合哉さんにも、松木さんに詰問されていることは伝えていなかったので驚くばかり。

何より、その言い方だと昼食時にとどまっていない。私の中で松木さんは警戒対象になった。

「……くそっ!」

そのひと言を置き去りに、走り去る足音が遠ざかっていく。緊張と恐怖に苛まれていたためか、思わずホッと息を吐いてしまった。

そこで腕の力も解けたので、百合哉さんを見上げるとひとつ頷いてくれた。

「ありがとう」と言えば、頭をぽんぽんと撫でられ人心地つく。

決して否定も肯定もせず、激高する相手を冷静に論破した百合哉さん。本来の姿を垣間見た気分だ。


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