蜜愛フラストレーション
そのまま会社を出た私たち。今日は運転手付きのメルセデスが路肩で待機しており、ふたりで乗り込んだ。
運転席と後部座席の間にある仕切り窓が上がると、足を組んだユリアさんが溜め息をついた。
「今日はロビーで待ってて正解だったわ〜。ほんと粘着質ってやーねぇ」
「いつから気づいてたの?」
「ん?それは萌ちゃん溺愛のヤツ発信ね〜。で、調査したのは私ってわけ。
でも、あの様子だとエスカレートしないか心配ね。職場も一緒だし、厳重警戒は継続って兄貴にも伝えとくわ」
「ごめんなさい、迷惑かけて」
優斗とユリアさんの手を煩わせている事実が心苦しい。会社のエース、かたやセレブの実業家。彼らには迷惑しかかけていない。
俯きかけた瞬間、脳天チョップに遭い、強烈な痛みが突き抜けた。涙目で隣を睨みつけたが、素知らぬ顔をされる。
「ったく、アホね。萌ちゃんを守るって決めたのは私たちよ?そのままどんと構えてなさい!
だから、……私のようにはならないで」
「……ユリア、さん?」
悲しみをたたえた眼差しのユリアさんに目を見張ると、すぐにいつもの彼女に戻っていた。
そこでたまには食事しようと誘われ、そのまま目的地に向かう車は夜の街を走行していく。
暫くして着いた、とある高級ホテルの正面玄関に車が横づけされる。その時、運転手から黒のハットを受け取ったユリアさんによって、それを目深に被らされた。
そのタイミングでドアマンに扉を開けられたために文句も言えず、車外に出た私たちは煌びやかな空間へと足を踏み入れる。
ユリアさんはそのまま私を急かすように引っ張り、扉の開いた一基のエレベーターに乗り込む。
「ユリアさん、押し間違えてない?」
彼女が躊躇なく押した階数は、明らかに宿泊者用のフロアだった。
しかし、「気にしないで〜」と含み笑いをする彼女に首を傾げてしまう。
高速エレベーターはぐんぐん上昇し続け、目的の高層階エリアで停止音と共に扉が開いた。
再び私の腕を取った彼女は迷うことなく、すたすたと軽やかに歩き、私はその広い背中を追いかけていくだけ。
やがて、ある一室の前で足を止めた彼女がこちらに向き直ると、私から帽子を取り去り微笑んだ。