蜜愛フラストレーション
バタン、と試作室の扉が閉まると、優斗はすぐそばにあった椅子へ私を抱えたまま腰を下ろす。
彼のスーツからそっと手を放すと、こちらを見つめる茶色の瞳はいささか不満げに見えた。
そこで肩越しに背後へと視線を向けた彼。瞬時に変わったその横顔は静かな怒りに満ちており、やがて薄い唇でこう紡いだ。
「松木さん、俺はアンタを絶対に許さない。——徹底的に追いつめてやるから、覚悟しとけ」
凍りつくような鋭い声音が一方に向けられた。それでも松木さんの声は聞こえてこない。
びくり、としてしまった私に気づいた彼が、そっと指と指の間に絡ませるように握ってくれる。
相変わらず私からは松木さんが見えない。ウッディな香りと彼の広い胸が覆い隠すように守ってくれていた。
「それと課長、1分捕獲したままで目を閉じて下さい」
突然の要望に思い当たったのか、「あー、……分かったよ」と渋々了承する課長。
恋人つなぎをしたまま首を傾げていたら不意に手が離れ、顎先を引き上げられた。
気まずい静寂に困惑する私を茶色の瞳は捉えて離さない。そこで、「……俺が怖い?」と尋ねられた。
それは絶対にありえない、と勢いよく首を横に降った。——あの時ですら離れられなかったのだから二度と離れるつもりはない、と。
その刹那、安堵の息を漏らした彼がゆるりと破顔する。……何とか私の意思を汲み取ってくれたらしい。
緩んだ表情に安堵した私も笑おうとしたが、やっぱり表情筋の動きはぎこちない。
先ほどまでの恐怖が簡単に消えるわけもなく、今もあの気持ち悪い感覚が隣り合わせにあった。
「萌は何も変わってないから」
つけられてしまった痕と生傷を優斗に晒していることだって苦しいのに。彼はそう呟くと、私の手の甲にそっとキスを落としてくれた。
リップノイズとともに手先に触れられると、虫が這い回るような気持ち悪さに苛まれていた時が嘘のように心は早鐘を打つ。
せめて綺麗に身体をくまなく洗い流したい私にとって、その言葉は琴線に触れるもので。——本当に、この人には昔から敵わない。
こちらの反応を窺って微笑んだ優斗は、さらに「消毒」と囁く。薄いその唇で慎重に、瞠目する私の唇に優しく触れてきた。