蜜愛フラストレーション
十二.わなにかかる
その後、エースの優斗に抱えられたままという衆人環視の状況を進んで行った。
“え、どういうこと!?”“あれって、開発部の斉藤さんだよね?”
“絶対、黒だよ”“えーやだぁ。私ずっと北川さん狙ってたのにぃ”
ひそひそ、と聞こえてくる内容は突如現れた私たちのこと。まさに針のむしろ状態。
私は様々な痕を見られないように夏場にもかかわらず、大判のショールに包まっていて。優斗はそんな私をお姫様抱っこし、素知らぬ顔で歩き進めていた。
それでも話しかけようとする人はゼロ。突き刺さるような視線は感じるが、大したことでもない。
これもすべて、私たちの隣でバッグをふたつ肩に提げ、どこかに次々と連絡をする紀村さんが盾となって下さったから。
彼女は女傑として知られており、さすがに優斗を狙う女性陣も彼女に体当たりはしないようだ。
その女傑な彼女いわく、一番うるさい五十嵐さんは不在らしい。日頃から気分や自らの都合で仕事を抜けるが、どうやら今日もその日でエステとネイルを受けている模様。
エレベーター内でそれを聞いた私の口からは、ほぅ、と安堵の息が漏れる。……午前中に会わなかったのもそれでか、と。
そこで私を抱えた優斗が、「もう大丈夫だよ」と悔しさを滲ませた笑みを浮かべていた。
様々な気遣いに感謝しながら何も伝えられず。大判のショールの下で優斗のスーツを握り締め、“離れない”という意思表示が今の精一杯だった。
何とか昼下がりのオフィスを通過し、少しだけ緊張で固まった身体の力が抜ける。
そこで顔を上げると、社屋の玄関前に停められた一台の高級車が目に留まる。
車のそばにはスマートな男性が待機しており、漆黒のボディが強い日光を浴びながら艶やかな輝きを放っていた。
「来て貰って申し訳ない」
「とんでもありません、どうぞ」
そこに躊躇なく歩み寄った優斗が男性に話しかけると、後部座席のドアが開かれる。
レザー特有の程よい固さの座席へ私を下ろした彼。私が手を伸ばす前にシートベルトまでしてくれた。
「萌は謝り過ぎだ」
不甲斐ないと彼の顔を見ながら頭を下げるが、微笑とともに小さく首を横に振られてしまう。
——優斗は優し過ぎだよ、なんて笑って切り返したいのに……。