蜜愛フラストレーション


私の隣には反対側のドアを自ら開けた紀村さんが座り、彼も助手席に向かう。

最後に運転席へと男性が乗り込んだところで車は静かに走り始めた。

走行し始めてすぐに、その男性から百合哉さんの秘書だと自己紹介される。

どうしても重要な会議中で席を外せない百合哉さんの代理で、最後まで百合哉さんに睨みつけられてきたという。

バックミラー越しに何度も頭を下げていると、「専務の大事な方ですからね」なんて楽しそうな声色が。

私が百合哉さんは専務と判明して驚く一方で、優斗は「ただの友人ですけどね」と笑顔で誤解を解いていたけれども。


微妙な空気漂う車が向かった先は、会社から一時間ほど走ったところにある総合病院だった。

車外へ出る時に再び抱き上げようとした優斗。歩けるからと遠慮したら、秘書さんが持ってきた車椅子に乗せられる。

後ろから優斗が押し、車椅子を囲うようにふたりがゆっくり歩いてくれた。

秘書さんいわく、すでに外来の診察時間は終了しているので百合哉さんの伝手で診て貰えるらしい。

正面玄関を通り、受付カウンターにさしかかったところで白衣を纏ったひとりの女性医師に出迎えられる。

髪を耳の横でひとつに纏めた彼女は薄化粧で清潔感に溢れ、顔つきも声色もじつに優しい。

話しがてら彼女の案内に付き従う。そこで百合哉さんと彼女は付属校の同期生と教わり、百合哉さんの謎は深まるばかり。


「こちらです、どうぞ中へ」

エレベーターに乗り込み到着したのは、診察室ではなくなぜか病室だった。

横開きの扉の向こうは一般的な個室よりも広く、ベッドだって大きい。

そばに車椅子を止めた優斗に有無をいわさず抱き上げられ、ベッド上に寝かされる。

「俺たちは談話室にでもいるから」

そこで優斗と秘書さんは席を外し、部屋には話せない私のために紀村さんが残って下さった。

入れ替わりで部屋を訪れた看護師さんが血圧など簡単なバイタルチェックを済ませ、私の手首に入院患者用のバンドをつけると退出。

——そこでもう入院が決定したのだと悟る。


< 137 / 170 >

この作品をシェア

pagetop