蜜愛フラストレーション
「うん、……うん」
噛みしめるように文面を見つめて頷く鈴ちゃん。今にも泣きそうな顔で堪える姿に胸が痛む。
いつだってまず相手を思い遣れる彼女にもう迷惑をかけたくない、と固く拳を握っていた。
おばと鈴ちゃんが帰宅すると、看護師さんに幹部を保護して貰い、病室内の浴室ブースに向かう。
触れられたところは乾ききったせいか、薄い膜が張ったような不快な感覚だったから。焦る気持ちを抑えながらシャワー室に入る。
シャワーのコルクを捻れば、肌を打ちつけて清められたことに息を吐く。
しかし、室内の鏡に映る素肌を見たその瞬間、顔を伏せてしまう。
そこには首筋から胸元にかけて無数の真新しいキスマークが主張していたのだ。
汚いと思うと同時に、あの恐怖が蘇ってきて身体が震えた。
ここは温度管理のされた病室なのに、暖かいはずのシャワーの温度がまるで感じられず、呆然とその場で立ち尽くす。
ザーザーと水流と湯けむりが立ち込める狭い空間で、きつく唇を噛み締めた私の頬は涙と水滴に塗れていた。
どれほど泣いても声は出ない。泣き喚くことさえ出来ず、シャワーの水音だけが虚しく流れ続けていた。
やがて機械的に何度も身体を強く洗い、皮膚が赤くヒリヒリとし始めた頃、漸くその作業を終えるとシャワー室をあとにする。
洗いざらしの髪をそのままに、どうにか着替えてソファに腰を下ろした。
テレビもつけず、静寂の中でぼんやりしていたら夕食が届く。さらに看護師さんが点滴をつけに訪れたので、ベッドに移り処置をして貰う。
再び点滴の雫が落ち始めたのを確認して看護師さんは退出。静寂の中、目の前のトレーに載った食事に手を伸ばしてみた。
今夜のメニューは事前にリクエストしていたおかゆ、さらにメインの魚と副菜とバランスの取れたもの。
口の痛みと沈んだ気持ちで食欲は全くなかったけれど、匂いに誘われてほんの少し手を付ける。副菜のほうれん草のおひたしを食べてみた。
さらにおばがコンビニでゼリーやアイス等を購入してくれたので、ヨーグルトを選び胃に収めていく。
手首に入った点滴から栄養は取れる。しかも、何を口にしても味がしない。大好きな食事の時間が苦痛なんて虚しいものだ。
それでも、私が自分のために出来ることはこれくらいだから。そんな負けん気で空っぽの胃を埋めていた。