蜜愛フラストレーション
十三.けりをつける
『もう……わ、かれよう?』
すっかり痩せて疲れきった顔をした萌の口からこの言葉が出た瞬間、目の前が真っ暗になった。
きっかけは五十嵐彩の計略によるもの。しかし、大きな誤解と溝を生んだのは俺の責任だ。
萌が悩んでいることはその前からとっくに気づいていたが、彼女が話すのを待つ道を選んでしまった責任は重い。
友人関係だった頃から、彼女はいつも悩んだ時には俺を頼ってくれた。その割に俺から聞かれると悔しそうな顔を見せ、頑として口を割らなくなる。
そんな彼女の性格を知り得ていた分、苦しむ彼女の傍らで深く追及することができなかった。
出来得る限り、彼女を守ろうと裏から手を回そうとしたが、社内で関係を隠していたことも相俟って限界がある。
その間にも、萌の心はどんどん負の感情に苛まれて。日常すら儘ならなくなっていたのに。
何度もそれとなく尋ねることが精一杯の俺に、引きつった笑みを浮かべる萌。
その表情を見て心配ばかりが重なる中、俺のこの余計な遠慮が彼女をさらに苦しめてきたのだ。
『もう、全部……疲れたの』
当時の萌は会社を辞めて地元に帰ると譲らず、全てをまっさらにしたい程に傷ついていて。守りきれなかった俺に引き止める権利はない。
その傷を癒してまた戻って来てくるのなら。いずれ屈託のない明るい顔を見せてくれるのなら。
名古屋へ送り出して静かに帰るのを待とう。——これまでにそう考えたことは数えきれないほどあった。
だが、萌を愛してしまった俺には、もう彼女のいない人生が想像もつかない。これもまた、利己主義以外の何者でもなかった。
どんなに自分勝手でみっともなくても。さらに彼女を苦しめることになっても。
今ここで俺が離れることを了承したら、彼女はすぐに目の前からいなくなる。
それがよく分かっていたから、この細い手を離すことは出来ないと必死だった。
説得という名の長い話し合いを経て、別れを選んだ俺たちの関係はこの日を境に変わった。
——何かしらの繋がりを求めた結果。セフレにも似た関係へと堕ちていったのだ。